憲法24条研究ノート(4)君塚正臣の問題提起

今週からは、参考文献を改め、いよいよ戦後憲法学の24条理解についてご紹介していきます。
foresight1974 2021.06.09
誰でも

今週から、憲法24条制定後の学説の展開を追いたいと思います。
題材となるのは、次の論文です。

<参考論文>
君塚正臣「日本国憲法24条解釈の検証ー或いは『「家族」の憲法学的研究』の一部として」関西大学法学論集52巻1号(2002年)

君塚正臣・・・横浜国立大学教授

この論文は「法学教室」2021年4月号において、曽我部真裕京都大学教授が紹介されていたもので、君塚論文は、日本国憲法24条の解釈論について、ゼロ年代までの学説を網羅的に検討されており、有益であるとの評価をされています。

今週は、君塚教授の問題提起ともいえる部分について、かなり長いですが、引用してご紹介したいと思います。

次の君塚教授の問題提起は、憲法と家族の法律問題に向き合った専門家・当事者にとっては、非常に腹落ちする内容ではないでしょうか。

日本国憲法二四条は、当初社会権的条文群の一部として起草された。しかし、その条項は草案段階までに削られ、帝国議会の審議の中では、それとは逆の、明治民法的な家族制度を守ろうとする激しい抵抗に遭い、政府答弁ではこの条文の意味は曖昧にされてきた。このため、同条の趣旨は明確なものになり得ず、最大公約数的なものとして、ひとえに反封建主義・家族制度廃棄を宣言するものとして考えられてきたのである。その点の確認が精一杯であり、女性議員らの質問により原則が確認されなければそれすらも揺らぎかねない危うい状況にあった。その結果、起草段階で予定されていた国家による女性や子どもの保護というより、国家の不介入、個人の尊重に基づく「家族」の自律に任される方向が相対的に強まっていった。また、「婚姻」に始まる夫婦・親子関係を起点とする「家庭」の法的保障という色彩、先進的・個人主義的な「家族」観は明文から消えてしまった。「家族」構成員がその中で自律性をもった人間となるため、その阻害要因を国が除去するという姿勢が薄れ、かといって明治民法も否定されたため、消去法的に、公私分離と性役割を前提とする近代家族を肯定的に捉えるものになっていったのである。
前掲君塚論文P.14~15
日本国憲法に二四条が入ることが確定した直後、一九四六年の一〇月二四日には民法改正要綱が内閣の臨時法制調査会を通過した。しかしその公布は憲法施行に間に合わず、「日本国憲法の施行に伴う民法の応急的措置に関する法律(昭和二二年七四号)」が作られ、改めて一九四七年一二月二二日の国会で民法改正がなされている。これにより、法律の上での戸主権や家督相続を伴う家族制度、妻の無能力制度などは廃止されたのである。以上の理解からすれば、憲法二四条とリンクした法制整備が速やかになされたことになる。別の言い方をすれば、以上の憲法二四条理解を超える民法改正は、このときはなされなかったことにもなるのである。
同上
しかし、明治「民法上の家は、民法制定当時においても必ずしも一般国民の家族生活に立脚して定められたものとはいえなかつたし、又その後の社会状況の変化は、わが国の家族生活をますます小家族化させたので、民法上の家族制度は一層現実から遊離して、むしろ戸籍簿上に形を残す程度になつていたともいえる」との指摘もある。そうだとすれば、憲法二四条の有無に拘わらず、既にこの時点で民法改正は可能かつ必要だったのではないかという疑問もなくはない。しかし、第九〇回帝国議会において、議員たちが、政府よりも憲法二四条の意味を敏感に察知し、家族制度が変質するのかをしつこいほどに質問し続けたことは、「家族」が単なる実定法制度でないことを改めて認識させる。矢面に立った金森・木村の両大臣は、最後は家族制度の法体系は変わらざるを得ないが、伝統的価値や社会習慣は存続するという答弁に徹し、いわば法制度としての家族制度の廃止のみが現行二四条の趣旨であるという印象を与えたのである。逆に言えば、旧来の「家族」が、目立って否定されないものは今日でも、陰に陽に日本の国法や慣行を支配し続ける素地を与えたのである。一九六一年の憲法調査会第一委員会報告においても、二四条は家族制度復活の是非を巡って激しい論争されているのである。そしてまた、「家族」法制を巡る政治的対立は現在でも案外根深いものである。
同上
結局、日本国憲法二四条は様々な家族観の大妥協により、その内容は曖昧となり、旧家族制度の阻止という以外、取り立ててその内容を明示できる者がないまま推移していくことになるのである。このため、憲法二四条の解釈論はなす意味がなく、新しい親族・相続法は憲法二四条の精神を活かしているという漠然とした説明の後、個々の民法条文の合憲性は疑う余地もないとしてその解釈に進めば良いという風土が生まれたように思われるのである。
同上
憲法の定める人権体系・分類に多大な影響を与えたのはイエリネックであるが、二四条の規定は、「珍しく個人というよりはより多く、家族制度のありようにかかわっており、その点でユニークなもの」であり、イエリネック流に理解をしようとすれば、分類に困ることが必定なものであった。そしてまた、公法学者にとって、公法である憲法が家族法の基本原理を規定することへの困惑する気持ちがあったことは想像できるのである。このような二重の問題により、二四条の理解は混迷し、多様を極めてきたといっても過言ではないのである。
同上P.16

次回からは、この君塚教授の理解に沿って、学説を順次ご紹介していきます。

(この連載続く)

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