水野家族法学を読む(29)「離婚法の変遷と特徴を考える」

今週から、「法学教室」2022年2月号連載の内容をご紹介します。
foresight1974 2022.06.18
誰でも

【前回】

おはようございます。
梅雨のじめっとした日々が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。
体調を崩しやすい季節ですので、どうかご自愛のほどを。

***

今週から、法学教室2022年2月の連載内容と関連論文を紹介していきます。

<参考文献>
水野紀子「日本家族法を考える 第10回 離婚法の変遷と特徴を考える」法学教室497号(有斐閣 2022年)76-81頁

婚姻=合併?

「離婚法は、婚姻保護の核心であり、ひいては家族法の最大テーマであるといってよいだろう。婚姻の出口の設計が、婚姻中の生活に大きく影響するからである。」と捉える水野先生は、冒頭、こんな話から始まります。

アメリカの法と経済学の本で、婚姻を企業合併にたとえる説明を読んだことがある。A社とB社が合併すると両社の生産性は顕著に上がるが、その生産性が上がる条件は、A社が汎用性のある商品を作り、B社がその商品だけに用いられる特殊な部品を作ることに特化した場合である。両社がこの条件下で合併合意するためには、合併が解消された場合にはA社からB社に莫大な補償金が支払われるという内容の契約条項が必須である。この条項がなければ、合併後のA社とB社の立場が台頭な合併にならないからである、という説明である。もちろんこの比喩は、合併契約は婚姻で、A社が夫、B社が妻であり、合併後に得られる生産性は子どもを、解消時の補償金は離婚給付を意味している。もとよりこのような説明は資本主義化して以降の社会を念頭においており、それこそ太古から存在してきた離婚制度について説明できるものではない。また、婚姻制度は、それぞれの社会ごとに多様である。しかしげんだいの離婚法の一面を指摘する比喩ではあるだろう。離婚法に落とし込んで一言で言えば、離婚の成立そのものと離婚効果の不可分性である。
参考文献P.76
本連載の第4回「婚姻の意義を考える」(490号)で、小問物屋政談とマタイ福音書を対比させて論じたように、「合わせものは離れるもの」の日本と「神の結びたもうたもの、人これを離すなかれ」の西欧社会とでは、婚姻の伝統的な出発点が相当に大きく異なっている。そしてその相違は、現行離婚法にも大きな影響を与えている。
同上

※本連載の第4回・・・当ニュースレター第14回でご紹介しています。

西欧離婚法の歴史的展開

まず、水野先生は、西欧離婚法(特にフランス)の歴史的展開を概観し、日本との重要な差異を指摘します。

<フランスでの離婚法の歴史的変遷>
ローマ法・ゲルマン法・・・単意離婚(配偶者の一方の意思のみ)
中世教会法・・・カトリックの婚姻非解消主義
        (ただし婚姻無効・未完成婚などのロジックあり)

その後、プロテスタントの有責主義による離婚容認の運動が活発化。これに反協会・自然法思想・自由主義が合流する。

フランス革命・・・協議離婚制度が導入されるが、すぐ廃止。
         いったん婚姻非解消主義が復活。
1884年法・・・有責主義離婚法

その後、有責主義が拡大(生死不明・精神病といった事由が追加)

1975年法・・・破綻主義

<日本法との違い>
・裁判離婚が前提
・和解の禁止
・手厚い離婚給付、子どもの養育等が一体処理
・公的なバックアップ(DV対策や養育費の取立て等)

このような強力な公的介入は、すべての離婚が裁判離婚であった伝統が基礎にあると考えられる。離婚給付や養育費などは、基準となる計算式の客観的水準情報が広く共有されている。「合意」離婚や離婚効果の「合意」といわれる場合も、おそらく家族法における「合意」の意味が日本とは異なるからであろう。裁判所の判決ではなく「合意」によるとしても、それは司法の関与と監督の下における「合意」であり、基準は自ずから決まっていて、当事者に白紙委任されるものではない。
同P.77

日本法の歴史的展開

これに対し、江戸時代の「三行半」と「縁切寺」のような伝統があった日本では、離婚は「家」の私的自治に任せられ、協議離婚制度を原則的制度とし、裁判離婚制度は例外的存在でした。水野先生は、「前者は「三行半」の去り状、後者は縁切寺の伝統を継ぐと評価できるかもしれない」と評されています。

戦後改正も、この問題は、家の私的自治から当事者の私的自治に横滑りしただけに終わり、当事者間の事実上の力の差を背景とする、圧倒的な不公正は残存されました。

また、770条2項のような裁量棄却条項は、裁判官の裁量に丸投げしてしまい、本来、民事訴訟の限界として、裁判官の価値観に左右されない公平な裁判を保障する制度的保障が機能せず、予測可能性を害する"大岡裁き"を可能にしています。

民事訴訟に熟達した判事(瀬木比呂志)は、「離婚訴訟については、通常の民事訴訟とは大分感覚が異なっていて、審理のガイドラインが見えにくくてやりにくい」と述懐する。私より一世代年上のある女性判事が、離婚裁判について、「妻は、自分にひどいことをした夫を罰してもらいたいと願って、裁判所に来るのよ。離婚裁判は、そういうものではないのだけれど・・・」と悲しげな口調で言われたのを思い出す。
同P.78~79

<現行法の離婚手続き>

①協議離婚
 合意を届出るだけで成立するというきわめて簡便な離婚方法であり、究極の破綻主義離婚制度といえる。全離婚数の約90%を占める。

②裁判離婚
 協議が整わないときの最後の手段。全離婚数の約1%程度。

③調停離婚
 離婚訴訟提訴前に調停を経なければならないという調停前置主義。調停で離婚合意が成立すると、判決と同様の効力を持つ調停調書を作成する。全離婚数の約10%。

④審判離婚
 調停に代わる審判による離婚だが、2週間以内の異議で失効するため、ほとんど用いられない。当事者が調停には出席しないが、離婚という結論に合意している場合に用いられる。

⑤和解離婚
⑥認諾離婚
 離婚訴訟で和解が成立して判決まで行かない場合、当事者は協議離婚届を提出しなければならないが、その手間と不安定さを除くために創設された制度。

この日本の離婚制度について、水野先生は、このように書いています。

日本民法の離婚法は、戦後改正から現在まで、ほとんど変化がなかった。同じ期間の母法であるドイツ民法やフランス民法が絶えざる改正によって激しく変化したのと、見事に対照的である。日本家族法が、さながら「不磨の大典」であるかのように変化しない所以について、前世紀の終わりに、私は次のように書いたことがある。「この答は、日本民法の特徴にある。そしてさきほどから留保してきた質問、民法が『不磨の大典』たりえたこと、明治民法は保守派が危惧したような家族倫理の崩壊をもたらすものではなかったことへの答えも、ここにある。日本民法の特徴とは、本来的な家族法としての機能の無力さと、同時に、家族イデオロギーを宣明するものとしての強力さである。民法がもし実効的に日本の家族を規律してきたとするのであれば、現実の家族生活のこれほどの変化に応じた改正が、はるかに多く必要であったはずであろう。日本民法が、戦後の大改正を別にすれば、そのほとんどを維持できてきたのは、実は、実効的に家族を規律できない無力な民法であったことを意味する」と。
同P.80
日本離婚法の特徴は、極端な私的自治に任せられ、法的機関の関与なく行われる圧倒的多数の協議離婚制度の存在と、離婚の成否そのもののみならず、離婚の効果についても、ほとんど白地規定になっていて当事者の合意に委ねられていることである。そして離婚そのものと離婚に伴う処理が別立てになっていると同時に、それらをまとめて合意することもでき、合意内容についての基準はない。たとえばDV被害者が加害者から逃げたいと願うときのように、強く離婚を望む当事者は、交渉力を失う。そして日本の裁判離婚法は、裁判官に広範な裁量棄却権限を与えており、消極的破綻主義以来の判例法によって、争点を限定せず、夫婦生活(ときには結婚前の時代も含め)のあらゆる事情を主張立証し合う壮絶な私的戦争法となっている。この私的戦争の悲惨は、全離婚の1%に過ぎないごく例外的な事態となっているため、問題意識が国民に共有されていないが、調停離婚においては、合意が成立しないときの将来像として眼前に迫る。その結果、家庭裁判所の屋根の下で、DV被害者が金を払って離婚合意を買うような極端な事態すら生じてしまう。そこまで極端でなくても、譲り合いの交渉ごととなるので、覚悟する落とし所より最初は高くふっかけておいた方がよいという調停の「知恵」が語られることになる。必要なのは、白地規定の内容を埋める、客観的な基準である。
同上

加えて、水野先生は、日本民法の特徴の1つとして、強制力の弱さを挙げ、扶養料債権を画餅にしているほか、別居う命令もなく、子の奪い合い紛争への介入力も弱いため、DV被害者には逃げる自由しかない点も指摘しています。

実務の努力

最後に、水野先生は、白地規定を埋める実務の努力について、3つ挙げています。

<不受理申出制度>
 追い出し離婚等の不当で一方的な離婚制度に対する予防的手段として制度化され、もともとは翻意届出制度と呼ばれた。戸籍法27条の2第3項として立法した。

<離婚無効確認請求>
 事後的な救済手段。意思に反して離婚されないという一点においての婚姻保護。

<婚姻費用・養育費算定表>
 2003年に東京・大阪家裁の判事たちが公表し、請求権の実質化に大きな力を持った。現行法では家事事件手続法別表第2事件申立てが顕著に増加した。

***

当該号についての水野先生の記事はここまで。
来週は、記事でご紹介のあった関連論文を見ていきます。

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