水野家族法学を読む(8)「公的介入の保障と日本人の法意識」

水野家族法学の最大の問題提起「公的介入の保障の欠如」。
それには、徳川日本以来形成されてきた日本人の「法文化」が垣間見える。
foresight1974 2021.05.25
誰でも

こんばんは。
今週は暑くなりそうですね。
早くも我が家では冷房がフル稼働です。

そして、当地では、この時期から急激に「虫」が増えるのです。。。
カブトムシとかは好きですが、ぶんぶん飛び回る虫は、田舎暮らしが7年目に入るのに全く慣れません。。。

***

「法学教室」2021年4月号と5月号にわたって、水野先生は、一貫して日本家族法の決定的な欠陥、「白地規定の多用」と「公的介入の保障の欠如」を論じておられます。

この問題意識は、おそらく研究生活のほぼ全般にわたって頭の中にはあったようで、4月号の連載記事では、学生時代、民法学の大家である星野英一に対する問答を回想されていましが、研究生活の早い段階で、この問題意識をみることができ、管見の限りでは、「比較法的にみた現在の日本民法―家族法」(所収:広中俊雄=星野英一編「民法典の百年Ⅰ」有斐閣 651-690頁(1998年))に、家族法の白地規定に対する批判が述べられているほか、先月ご紹介した「戸籍制度」(ジュリスト1000号163頁ー171頁 有斐閣)にも、その片鱗をうかがえる記述があります。

しかし、おそらくもっと前から同様の記述はあった可能性があります。
未調査なのですが(すみません)、80年代の論文「男女平等と家族法」(所収:「ジュリスト総合特集・女性の現在と未来」有斐閣 58ー65頁(1985年))や、「家族の解体と『再生』」(『名大公開講座3・現代に生きる』名大出版会143ー160頁(1985年))あたりにもおそらく手がかりがあるものとみており、こちらは、論文を確認次第、追加で記事を掲載いたします。

ただ、論文一覧を眺めてみると、公的介入の充実の必要性を中心のテーマとして、強く問題を提起する論考が俄然増加するのは、2010年を前後にしたあたりのようです。

HPに挙げられている論考だけでも、「家族の法的保護」(所収:辻村みよ子・河上正二・水野紀子編『男女共同参画のためにー政策提言』東北大学出版会429-441頁(2008年))、「家族法の弱者保護機能について」(所収:鈴木禄弥先生追悼・太田知行・荒川重勝・生熊長幸編『民事法学への挑戦と新たな構築』創文社651-684頁(2008年))、「家族法の本来的機能の実現ー男女共同参画社会へ向けて」(ジュリスト1424号46ー53頁(2011年6月) 有斐閣)、「家族の自由と家族への国家介入」法律時報1115号(2017年8月)53ー59頁 日本評論社)などなど。おそらく10本超。

この背景となっているのは、リーマンショックに象徴されるような新自由主義的な金融工学の破綻による経済停滞、それによる格差の拡大、その歪みの中で、DVや児童虐待など、家族の病理が社会問題として可視化されてきた時期と重複しているようにみえます。

こうした事態に対応できない民法と社会保障法の機能不全を指摘し、改めて公的介入の必要性をうったえた論考があります。

水野紀子「家族の法と個人の保護」(所収:「正義 (福祉+α) 」35-48頁(ミネルヴァ書房)

この論考では、「法学教室」4月号で論じられた「正義」に基づく法の支配がなぜ欠如しているのか、より具体化して論じられています。

日本家族法の解決手法は話し合いによる解決と裁判官の裁量に依存したものになっている...協議離婚制度をはじめとして日本家族法は当事者間の話し合いによる解決が無条件に原則とされており、家庭裁判所における解決も、その延長線上にある家事調停手続が第一義のものとして位置付けられる…(例えば、離婚に関する民法770条2項など)他国には例をみないほど、裁判官の裁量権を大幅に認めている。裁判官の価値観によっては、長年精神的DVに耐えてついに離婚を求めた妻にさらなる忍従を説く判決が下されることもある。最高裁は、この条文の解釈として有責配偶者からの離婚請求を制限し、どちらの配偶者がより有責であったかを立証させて争われる判例を構築しており、争点が限定されない独特の非常識な離婚訴訟は、あまりにも当事者の負担が大きい私的戦争になっている。かくして、当事者は、離婚訴訟を避けるために、極力合意で離婚を成立させようとする。たしかに家族観への国家介入を最小限に留めるこの日本法の構造は、国家にとってはもっとも安価な解決手法であったろう。しかしここで無視されてきたのは、法が保障すべき正義であり、また弱者保護である。DV夫と離婚したいと希望する妻は、離婚給付はもちろんのこと、ときには親権すらあきらめて、夫の離婚合意を得ようとする…家族内部は実際には決して平等ではなく、意思すら抑圧する力関係の差があり、当事者の相互依存は極めて強く、そこから離脱することは容易ではない。家族は、法による弱者の保護がなければ実質的な平等は保たれないどころか、悲惨な抑圧や収奪も生じうる場所なのである。
水野紀子「家族の法と個人の保護」(所収:後藤 玲子 =宮本太郎=橘木 俊詔「正義 (福祉+α) 」(ミネルヴァ書房)P.38
また民法は、基本的には、個人の意思決定を基盤として体系化されている。民法においては、意思決定ができない、つまり行為能力を持たない未成年者や成年者は、親権者・後見人によって代理される。本来であれば、児童保護や精神病患者・精神障害者の保護に関する社会福祉法の領域においても、基本法である民法と整合的に、未成年者らの支援が形成されるべきであった。民法に依拠していれば、一応、諸正義つまり他の尊重すべき法益との衝突が調整される構造が体系によって保障されているからである。しかし、日本の社会福祉法は、そのような発展をしてこなかった。たとえば児童福祉法による介入が「親権の壁」に阻まれる弊害が問題となってきた。議員立法によって、「児童虐待の防止等に関する法律、「ストーカー行為等の規制等に関する法律」「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」などの新たな諸法が立法されたが、これらの立法は、啓蒙効果はあったものの、必要な保護を提供できるものではなかった。その無力さは、司法インフラや行政インフラの不備が主原因であったろうが、民法や刑法のような体系的な法典と連絡のない個別立法であることも、法としての弱さになっている。
同上P.45~46
民法が立法されたころ、日本は貧しい発展途上国であった...明治政府は諸外国との不平等条約を改正して治外法権を撤廃するために、各種法典を立法し、裁判所を設置した。フランス民法やドイツ民法などをモデルにして民法を立法するよりも、それらの母法国が持っていた制度的条件を備えることのほうが、よほど困難である。条約改正が成立すると、裁判所設置の勢いはすぐに衰えた。(異質な継受法と)日本社会の条件雄齟齬は解釈によってつじつまを合わせられることになった…(中略)なにより問題なのは、やはり司法インフラの不足である。母法は、身分行為に裁判所が関与することによって家族内の弱者の保護を図っていたが、日本にはそれができるほどの数の裁判官がいない。民法は、「家」ないし当事者の自治を大幅に認めることで、この不備が支障をもたらさないように対応してきた。(中略)要するに残念ながら、まだ日本の法制度は、森鴎外の言ったように、近代への「普請中」の段階にある。その現実の認識を共有することから、話ははじまるのだろう。
同上P.46~47
次世代を健康に育てるために、家族に対して法が関与すべき領域は、多い。そしてその関与は、家族イデオロギーを鼓舞したり一罰百戒によって家族道徳を強制したりすることではなく、家族が安定的に生活できるように、実際に必要とされる場面で確実にまんべんなく法に基づいて社会が介入することによって、弱者を保護することである…家族内の悲惨から弱者を救出するための公的介入は急をようしている。社会の安全弁を失った日本社会の変化は激しく、ゆっくり改善している余裕はない。
同上P.47
***

こうした水野先生の一貫した問題意識について、先鞭をつけたと位置づけて良い本があります。

川島武宜「日本人の法意識」(岩波新書)です。

民事訴訟による正義の実現が忌避され、仲裁ではなく調停、和解を率先する裁判官たち、判決における裁判官の契約解釈の大きさ、誠実協議条項の多用など、他国に類のない日本の「法文化」を例に出しながら、日本人がいかに裁断的な法的解決をきらい、「なあなあの精神」で済ませようとしているか、豊富な司法データに基づいて明快に描き出しています。

著名な民法学者であった川島が、岩波書店の市民講座で元となる講義をした当時、「なあなあの精神」は限界を迎えつつありました。
交通事故や医療事故などの現代型訴訟の登場や、この後間もなくして起こされた四大公害訴訟は、「なあなあ」で済ませてきた精神が置き去りにした正義の不在によって、どれだけ多くの犠牲者が生じたかを浮き彫りにさせています。

もともと川島自身、本書執筆のきっかけは調停の場で自身が述べた法律論を、調停委員から一喝されたという経験がきっかけになったものですが、冷静な筆致の向こうに、川島自身の「苛立ち」が垣間みえる気がします。

1967年、四大公害訴訟が次々と提訴される中で刊行された本の問題意識が、54年経って全く新しさを失っていないという現実をどう受け止めるべきなのか。

水野先生は上記の論考の中で、「柔軟にしかし確実に一歩でも前進するしかない」と結んでいますが、本当にそれだけでいいのでしょうか。

(この連載続く)

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