憲法24条研究ノート(9)学説⑤社会権説

君塚正臣横浜国立大学教授の論文に沿って読み解く、憲法24条の学説紹介第五弾。
現代憲法学の泰斗が登場します。
foresight1974 2021.07.14
誰でも

こんばんは。
今週もこの君塚先生の次の論文から学説紹介をします。

<参考論文>
君塚正臣「日本国憲法24条解釈の検証ー或いは『「家族」の憲法学的研究』の一部として」関西大学法学論集52巻1号(2002年)

元の論文に当たられた方はお気づきでしょうが、実は、社会権説は、君塚教授の論文では、平等権説の前に説明がありました。
つまり、私(foresight1974)はわざと説明を飛ばしたのです。

その理由はおいおい明らかにするとして、今週は社会権説について解説します。

君塚教授は、

憲法二四条は、当然のことであるが、二五条の直前にある。そこで、「二四条の家族規定を第二五条以下の生存権ないし社会権規定と関連付けて読むと、憲法は家族を積極的に保護する責務を国家に課しているように思える」ということになる。また、起草段階の理解からすれば、それも首肯できる。シロタの回顧が公表される前から、二四条を国務請求権や社会権として解する学説があることは、偶然とも言えないところがある。
前掲君塚論文P.23

と述べ、次に挙げるような学者の説を紹介していきます。

国務請求権と考える立場

まず、当初は社会権という特定した考え方を採らず、幅広く、国務請求権(個人が国家に対して特定の行為を要求する権利のこと)と捉えた学者たちがいました。

<佐々木惣一>
24条を一言でいうと、国家は家族生活を合理的に定めなくてはならない。国民はこれを要求する権利を有し、国家はこれをなす義務を有するとした。
ただし、君塚教授によれば、「佐々木にとって「国務請求権」の下にはこれや「国家行動への希望に関する国務要求権」などと並んで「人格の保持向上」という項目があり、その中には「平等」も含まれているのであるから、今日考えられている国務請求権と同じように介して分類したのかは微妙である」とされています。

<和田鶴蔵>
24条関係の文献を読むと、頻繁に登場する学者の一人。
男女平等の先駆的研究者です。
①24条は、婚姻の成立は、両性の合意のみに基づくと規定されている以上、何人との間に合意に達しようとも、国家は関知せず、自由権であるということができる。
②国は婚姻関係の原則を示し、この原則の支配するような近代夫婦と近代家庭を、国民が営むことのできる権利を保障した。(国務請求権)
自由権と国務請求権の複合的権利と解しています。
また、「本条を筆者と同じく国務請求権または社会権と解する学者も少なくない」とも述べている。

<田畑忍>
24条を生活権(国と個人の関係を規律する権利ではなく、私生活・社会生活に関する原則を国が定める義務をいう)と解する。
25条にだいぶ寄せた解釈であるが、本条がいかなる意味で請求権的権利であり、25条以下と同じ意味での生活権であるかは宣明になっていなかった。

しかし、田畑説が登場したあたりから、「二四条を「国務請求権」とする表記は下火になり、それに代わって「社会権」と記する学説が一つの流れになっていく」(前掲君塚論文P.24)

社会権と考える立場

<鵜飼信成>
24条は25条以下と共に社会権的基本権とする。
新しい憲法(日本国憲法)が、国家構造の携帯としての封建領主制ないし絶対主義天皇制のミニチュアであった家制度に代わり、新しい組織原理に基づいて、それを規律する義務、国民の側からいえば、そのような規律を国家に要求する権利を規定したとする。

<利谷信義>※1
日本国憲法は、戦前の天皇制を変革するという役割があり、家制度を廃止個人の尊厳と男女平等を確立することを明確にするために、曖昧化を警戒して、直接に家族の保護をうたおうとしていない。そのため、24条と25条を独立の条文とした。
しかし、理論的にはこの2つは統一して解釈されるべきであり、ドイツ基本法やイタリア憲法のように家族を保護する国家の義務を規定する家族条項の体裁をとっていないが、25条は国民の生存権を保障し、一方で個人の生存権の保障に支えられた家族の保障を、他方で家族という場における個人の尊厳の保護を引き出すことができ、24条は自由権と社会権双方の保障の基盤としての意義を持っている。

※1 利谷は法社会学者であるものの、君塚教授は憲法学説の社会権説を採る学者の一人として名前を挙げています。

そして、社会権説の論者として著名な憲法学者といえばこの人。
樋口陽一東北大学名誉教授です。

樋口説"家族解体"の意図

樋口教授は、家族に関する規定を現代的意義を持つ諸条項の社会的諸条項の中で説明しています。ここには25条~28条も含まれているため、樋口教授が社会権説をとっていると、君塚教授は評価されています。樋口教授は、自著の解説書の中で「この条文の最大の意義は家制度の解体と個人の尊厳のもとでふさわしい公序を家族生活に強制する」ことにあるとされています。

一方で、「これ以上に同条を社会権的権利と考える記述はなく、そこにいう社会権的性格も曖昧である」と君塚教授は指摘します。

実は、樋口教授は君塚論文が出た20年近く後、改めて説明を試みています。

<参考文献>
樋口陽一「いま、憲法は「時代遅れ」か―〈主権〉と〈人権〉のための弁明」(平凡社)P.73~87

ここで、樋口教授は、24条~28条は、自由主義・資本主義の競争の弊害から弱者を保護するための社会的諸条項の1つとして捉えていることを明言されます。

憲法二四条の一番最初の論点は、旧日本型の家族制度を解体して、個人の尊厳と両性の本質的平等を公序とする新しい家族像を掲げた、ということです。これは余りにもよく知られていることです。同時に、家族という問題に憲法が言及したということは、旧日本型の大家族制度を否定した近代家族のあり方を前提として、それを競争から守るということであり、婚姻という形で結びついた家族を、原則としてそれは維持されるが好ましいものとして位置付ける、ということでしょう。これは両性間の結合とそれを基盤とする家族について、これを競争の場から保護し、いわば一種の独占を認めるということです。
前掲樋口P.75

樋口教授は、基本的には自由主義を基調とされるものの、その弊害については競争制限型の規制によって弱者の権利を確保すべき、というのが日本国憲法の立場とお考えになっています。

(24条は)条文自身がこの緊張関係を内在させています。個人の尊厳と両性の本質的平等の上に成り立つ婚姻、それを前提とする家庭は、個人個人の自己決定を貫くと常時、解体の可能性のもとに置かれるからです。
前掲樋口P.78
個人の尊厳と両性の本質的平等の上に本当に基礎を置いた場合、婚姻という結合形態の永続性は、必ずしも保障されない。個人の尊厳と両性の本質的平等の犠牲において維持されるのが家族であってはならない、という二四条のメッセージははっきりしています。旧い「家」の観念の否定、ということです。そのことは繰り返し承認した上で、本当に突き詰めるとどうなるか、二四条は近代家族の崩壊の要素も含まれる、というのは認識しておいた方がいい。むしろ、崩壊の可能性がありつつも維持されているから、その過程は価値のある家族なのだ、それが二四条の意味だということは、何度でも確認しておくことが必要だと思うのです。
前掲樋口P.86

時おり、樋口教授の家族解体論が、フェミニズムの家族解体論と同列に捉えられ、ネトウヨ思想家から安っぽい批判を受けておりますが、これらを読むと、樋口教授が家族のありようの多様性を踏まえたうえで、「家族であるべき意義」を根本的に問うていることがよくわかると思います。

社会権説を君塚教授は批判するけれど。。。

しかし、憲法学の泰斗ともいうべき樋口教授まで論陣を張った社会権説は、少数ながら有力説と評価していいと思うのですが、君塚教授は手厳しい。

①社会権説には、「自由権から社会権へ」というスローガンに見られるような、社会権への過大な期待が基底にある

②20世紀に生まれた人権、新しい人権、現代的人権規定をすべて社会権とラベリングすることは粗雑な印象がある。

③日本国憲法は婚姻や家庭に国家的社会的意義を認め、それを維持保護しようとする態度をとるところまではいっていないという批判がある。(法学協会「註解日本国憲法」)

④立憲過程を観察したように、後に明らかになる起草段階の発想が仮に社会権的なものと解し得るのだとしても、当時公になされた議論を根拠に24条を社会権的に理解することは相当困難である。

⑤条文上、国家の積極的保護介入を求める姿勢は希薄である。※当ニュースレターで連載する水野教授の批判を思い出されたい

⑥社会権が、経済的自由権の修正としての国家の請求権であるという理解が一般的になれば、第一義的には経済的な人権規定ではなく、明文上請求権とは読めないと思われる24条が社会権だとは考えられない。

「このような理解は次の世代に継承されることはなかったと言えよう」と君塚教授は結んでおられます。(前掲君塚論文P.26)

***

果たしてそうだろうか?
と君塚論文が書かれた19年後を生きている僕は思うのです。

私の意見は、もう少しお待ちください。

(この連載続く)

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