憲法24条研究ノート(1)1945年のクリスマス

〔写真〕「24条かえさせないキャンペーン」で配布されているリーフレット。
URL: https://article24campaign.wordpress.com/
foresight1974 2021.05.19
誰でも
『1945年のクリスマス』は、占領下の日本を内部からみた、興味のつきない証言というだけではありません。これは戦争と人権の抑圧への弾劾であり、理想を追うことは非現実的ではない、と確認するものです。
ジョン・ダワー(「『1945年のクリスマス』文庫版出版によせて」より)
***

1945年12月24日、横浜上空。
30人ばかりの軍用輸送機に乗っていた若い女性は、祈っていました。
パパとママが無事でありますように。

廃墟の横浜上空を低空旋回し、厚木基地に降り立った女性の名前は、ベアテ=シロタ=ゴードン。

日米開戦前に日本に向かったきり、生き別れになってしまった父母を探そうと、ニューヨークから打った電報は届いておらず、新橋の第一ホテルで途方に暮れたところ、日本人女性の言葉をきっかけに、軽井沢に両親が滞在していることが分かります。(その後再会を果たす)
"それほど不美人ではない”ベアテは、将校からホットチョコレートを振る舞われますが、「そのチョコレートが貴重品だとはまだ知らなかった」。

憲法24条の産みの親ともいうべき女性はこうして日本にやってきました。

***

ベアテは1923年ウィーンで生まれ。ロシア系ユダヤ人です。
(「1945年のクリスマス」では、父レオがヨーロッパにいる親族の安否を気遣うシーンが出てきます。)

ピアニストで東京音楽学校(現:東京藝術大学)で教鞭を取っていた父レオと5歳から10年間、日本で過ごし、日本語が堪能だけではなく、ロシア語やドイツ語など、6か国語を話せるマルチリンガルでした。実際にドイツ語を話すシーンが出てきます。

ミルズ大学(カリフォルニア)卒業後、日本語の能力をいかしてタイム誌の外信部日本課、米政府の外国経済局に勤務していました。
終戦後、日本に来日できる職を探し、GHQの民間人要員(リサーチャー。本書では「エキスパート」と紹介されている)として採用され、来日を果たすのです。

上記のような経歴なので、ベアテは生粋のアメリカ人ではなく、もともとはオーストリア国籍でした(米国籍に切り替えたのは1945年になってから)。

また、法学の専門的訓練を一度も受けたこともなければ、法律に関連した仕事に就いたこともありません。

そもそも、「1945年のクリスマス」の回想によれば、ベアテは来日時「どんな仕事をするかなどは、まったくわかっていなかった」。

そんな女性が、この1ヶ月後、日本の女性の運命を変える仕事に挑むことになります。

***

1946年2月4日午前10時。
GHQの会議室で、ホイットニー准将に集められたベアテを含むGHQ民政局員たちは、驚愕すべき指示を告げられます。
「紳士淑女諸君、今日は憲法会議のために集まってもらった。これからの一週間、民政局は、憲法草案を書くという作業をすることになる。」

この3日前、1つのニュースが日本を震撼させていました。
ポツダム宣言を受諾していた日本は、明治憲法の改正を国際公約としていましたが、その内容を毎日新聞がスクープ。美濃部達吉、清宮四郎、宮沢俊義ら当代一流の日本の法律家が参集し、自らも著名な商法学者であった松本烝治がまとめた案は、民主化にはほど遠く、マスコミから批判を浴びていただけてはなく、何よりGHQを失望させていました。
GHQは用意していたプランB。自ら草案を作り、それに基づいて日本政府に憲法改正案を作成させるというものでした。

「どよめきで部屋がふくらんだように感じた」とベアテは書き残しています。

そして、人権規定の起草は、ロウスト陸軍中佐、ワイルズ博士(社会学者・人文学博士)、そしてベアテが「任命」されたのです。

(前略)私の役目は秘書でもタイピストでもなかった。
私は、自分の名前が読み上げられた時、「これは凄いことになった!今、私は人生の一つの山場にきている」と感じた。まさにこれは、父母の引き合わせた糸の先に必然的にもとらされた運命かもしれないと思った。全力を尽くしてあたらねばならないという、強い使命感が、私の沸き立つような興奮を抑え、冷静にさせていた。
「1945年のクリスマス」P.157

ロウスト、ワイルズという信頼できる2人が一緒だったことも、ベアテには心強いものでした。

しかし、やはり急な準備だったようで、肝心のマッカーサー三原則を告げられはしたものの、紙を「下っぱの私にはもらえ」ず、手元にはありませんでした。後に、ケーディス大佐が用意周到な準備で細かい指示を与えています。

また、ベアテは法学の専門的教育を受けた経験はありません。そこで、リサーチャーの経験を生かし、ジープで都内の大学や大きな図書館を駆け回り、憲法の重要な文献を集めて見せました。彼女はたちまち"人気者"になります。

本棚に憲法の原書を発見するのは、秋の森でキノコを採る喜びに似ていた。
同上P.177

そして、翌日、こんなことを思ったのです。

私は、各国の憲法を読みながら、日本の女性が幸せになるには、何が一番大事かを考えた。それは、昨日からずっと考えていた疑問だった。赤ん坊を背負った女性、男性の後をうつむき加減に歩く女性、親の決めた相手と渋々お見合いをさせられる娘さんの姿が、次々と浮かんで消えた。子どもが生まれないというだけで離婚させる日本女性。家庭の中では夫の財布を握っているけれど、法律的には、財産権もない日本女性。「女子供」(おんなこども)とまとめて呼ばれ、子供と成人男子との中間の存在でしかない日本女性。これをなんとかしなければならない。女性の権利をはっきり掲げなければならない。
同上P.182
私は、日本の女性が幸せにならなければ、日本は平和にならないと思った。男女平等は、その大前提だった。
同上P.188

アイデアが湧いてきました。

私は、抜き書きしたものを整理し、女性の権利に関するものを事柄別に分けた。
まず、男女は平等でなくては・・・。財産権は当然。教育、職業、選挙権に関する平等。これは、独身であっても、妻であっても同じ。妊娠中や子だくさんのお母さんの生活の保護。病院も無料にならないと・・・。これは子どもにも適用すべきだ。婚姻も、親ではなく自分の意思で決められるように・・・。
同上P.182

彼女の中の使命感と危機感が車の両輪でした。

西欧のように"個"という概念がなく、男尊女卑の日本では、このチャンスに独立した条文としてしっかり憲法に謳っておかなくては、全く見落とされてしまうだろうと考えた。
同上P.189
私は、女性の権利を具体的に憲法に書いておけば、民法でも無視することができないはずだと考えた。
同上P.194

6ヶ国語をマスターした明晰な頭脳と、1分間に60ワードをタイピングしてみせる確かな技術が、フル回転で革命的な条文を生み出していきます。

一つの条文を完成させるのに、何度タイプしたかわからなかった。仕上がった条文の単語をさらにふさわしいものに変えたり、短い文章を鉛筆で記入したりしては、清書のつもりでタイプする。もう一度読み直すと別の考えが浮かぶ。その繰り返しであっという間に一日が暮れた。
同上P.189

しかし、人権規定を任された3人の作業は大幅に遅れます。提出を1日オーバーしていた2月7日時点でも、「ロウスト中佐とワイルズ博士は、まだ条文を書き足していた」状態でした。(P.202)

そして、2月8日になって、やっと、3人がまとめた案を運営委員会への提出にこぎつけ、草案への議論が始まります。

ベアテが作成した草案は次の7か条でした。

と、全部紹介すると、ニュースレターにしては重すぎるので、下記ページに資料として保管しておきます。

でも、大事な部分だけ掲載しておきます。

第18条
家庭は、人類社会の基礎であり、その伝統は善しにつけ悪しきにつけ国全体に浸透する。それ故、婚姻と家庭とは、法の保護を受ける。婚姻と家庭とは、両性が法律的にも社会的にも平等であることは当然であるとの考えに基礎をおき、親の強制ではなく相互の合意に基づき、かつ男性の支配ではなく両性の協力に基づくべきことを、ここに定める。
これらの原理に反する法律は廃止され、それに代わって、配偶者の選択、財産権、相続、本居の選択、離婚並びに婚姻および家庭に関するその他の事項を、個人の尊厳と両性の本質的平等の見地に立って定める法律が制定されるべきである。
同上P.184~185

運命の運営委員会がはじまったのは午後1時からです。
しかし、ロウスト中佐、ワイルズ博士らの条文の検討で時間がかかり、ベアテ案の検討が始まったのは夕方からです。
結果は深夜に出ました。

深夜の日比谷通りは、予想したように雪だった。神田会館まで幌だけの大型ジープに遠慮なく雪が舞い込んだ。そう言えば、泣いた後のお化粧も直していなかった。
同上P.221

ベアテは論争に破れました。
彼女のアイデアのほとんどが削除されたのです。

(この連載続く)

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