水野家族法学を読む(19)「婚姻障碍事由に横たわっていたもの」

今週は「法学教室」2021年9月号から。3つある婚姻成立要件の最後の1つ、婚姻障碍事由の不存在についてです。
foresight1974 2021.10.05
誰でも

こんばんは。
当地の自治体では、毎日メールで新型コロナウイルスの新規感染者数をメールで通知してくれるのですが、本日、ついに0になりました!!

もうこのまま終わってほしいものです。。。

***

1ヶ月遅れですが、連載を再開します。
前回は、婚姻の成立要件のうち、形式的要件と実質的要件のうちの1つ(婚姻意思の存在)についての、水野先生の論考をご紹介しました。

今回は、「法学教室」9月号から、残る婚姻成立要件(婚姻障碍事由の不存在)についての水野先生の論考をご紹介します。

<参照文献>
水野紀子「日本家族法を考える 第6回 婚姻障碍事由を考える」法学教室2021年9月号(有斐閣)68頁以下

婚姻障碍事由の不存在について

①婚姻適齢

2018(平成30)年改正によって、2022(令和4)年4月より男女とも18歳にそろえられますが、かつては男性は18歳、女性は16歳と定められていましたが、早くから男女平等の観点から批判されていました。

平成8年に法制審議会がまとめた民法改正要綱の中でも、18歳にそろえることが提案されていますが、その議論の過程で、こんな発言があったと水野先生が回想されています。

「非行少女たちは、育った家庭に問題が多く、性的に放縦な生活をしていても、一方で古い価値観をもっています。彼女たちが立ち直る契機は二つしかありません。一つは結婚、もう一つは母になることです。16歳から18歳の間に妊娠した少女たちが結婚できると、その二つがかないます。しかしその機会を失すると難しいでしょう。」
P.68

30年近く前の話で、失笑を禁じ得ませんが、水野先生は「根本的な問題は、日本における性教育の不足と、安全な避妊薬や中絶へのアクセスの不十分さと、このような少女たちを支援する社会福祉の貧弱さであり、これらの問題に取り組むことによって、若年女性の望まれない妊娠という状況の解決をめざすべきだろう」(P.68)という、まことに非の打ち所がない指摘をされています。

②重婚禁止

重婚禁止と一夫一妻制の維持は、今は先進諸国では一般的に規定されている婚姻ルールですが、西欧諸国では、前婚を隠して後婚を生じさせるケースが圧倒的ですが、強固な戸籍制度が存在する日本ではそうしたケースは稀で、虚偽の協議離婚をした後に再婚したものの、前婚の離婚無効確認訴訟によって離婚無効の判決が下った場合の重婚状態が事案として圧倒的に多い、とされています。

③再婚禁止期間

民法733条。かつては女性のみに6か月の禁止期間の定めがあり、男女平等の観点から長年批判されてきた条文です。

この条文は、通常、民法772条の嫡出推定規定とセットで議論されてきたものです。
同条では、婚姻成立から200日後、解消から300日までの出生子は夫の子と推定されると定めています。
ここで、もし再婚禁止期間の定めがなく、妻が離婚後すぐに再婚し、再婚後201日目~300日目までの100日間に出産した場合、その子は前婚の夫と後婚の夫、いずれの嫡出子と推定されてしまうという、いわゆる「推定の重複」という混乱状態が生じてしまいます。
この状態が生じないようにするには、最低、妻に100日間再婚を禁止すればいいのですが、残りの約80日分は説明がつかない不合理な規定となっていました。
そのため、かつての法制審議会の民法改正要綱では、再婚禁止期間を100日に短縮する案を要綱として定めており、水野先生もこれを支持していました。一方で、この条項を男女差別だとして撤廃する意見には、こう反論しています。

再婚禁止期間に対する批判としては、男女不平等の他、嫡出推定が重複するとしても、今は科学的鑑定で簡単に父親が前婚の夫か後婚の夫かわかるのだから、待婚期間は不要であるという理由も挙げられた。読者の皆さんは、この理由をもっともだと思われるかもしれない。しかしこれは嫡出推定という制度への無理解を示す。調べた結果、どちらの夫の子でもないとわかったら、その子はどうなるのだろうか。嫡出推定という民法の制度は、妻の産んだ子のうちに一定の割合で夫の子ではない子が含まれることを前提としながら、子に父親を与える制度であり、夫に妻の産んだ子に対して責任をもたせる制度なのである。もっとも実際には後婚の夫の子であることが多いから、後婚の夫の子をとする推定をかける改正によって、再婚禁止期間を廃止することは可能である。ただし日本法の離婚前の別居期間も不要とする、きわめて簡便な協議離婚制度のもとでは、再婚禁止期間を廃止すると、何人もの夫と離婚再婚することが可能になるという、嫡出推定規定と相性の悪い状態が生じてしまう。
P.70

このため、現在、法制審議会親子法制部会において、嫡出子推定規定の改正と、再婚禁止期間の廃止がセットで議論されています。

④近親婚の禁止

いわゆるインセストタブー(近親相姦禁止)とは人類社会の普遍的現象であり、水野先生はここで、在日韓国人の学者から聞いた、韓国での広範に及ぶインセストタブーの話について、驚きを持って回想されている。

水野先生は、これを「共同生活をする家族集団内では、皆に認められたカップルつまり夫婦以外は、性的対象としてお互いを見ない規律が必要だったのではないだろうか。そしてその必要性は、現代社会も否定できないものである。」(P.71)とされ、次のように続けます。

実際には、インセストタブーという禁忌を犯す例がないわけではない。多くの場合、その実態は、父による娘に対する、あるいは兄による妹に対する性虐待である。虐待対応の現場では、このような行為に近親相姦という言葉はふさわしくなく、近親姦という言葉を用いるべきだという主張がある。被害者の障害にわたる精神的後遺症の深刻さは、筆舌に尽くしがたい。子どもたちがもっとも安心できる場所であるべき家庭での、このような被害をできるだけ防ぎ、被害者のケアを行う役割は、社会が担わなくてはならない。
P.71

⑤未成年者の婚姻への親の同意

もともと家長権の名残りだったものが、明治民法に輸入され、当時は男30歳女25歳までだった同意年齢が戦後民法になって「未成年者」となり残存していたもの。

これも2022(令和4)年4月施行の改正法によって、婚姻年齢と成年年齢がいずれも18歳に統一されるため、削除の予定。

いったんまとめ

こうしてみると、婚姻障碍事由には、男女差別や家制度の残滓であったり、弱者が放置されてきた歴史が横たわっていることが分かります。

だからといって、水野先生は決してラディカルな方向には進まない。
再婚禁止期間の議論で見せたように、全体をパースペクティブに捉えつつ、家族法上の各制度の整合性を保持しながら、漸進的な改革を指向しています。

次週は、「法学教室」連載記事の後半部分をご紹介します。

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