憲法24条研究ノート(14)学説を問い直す①社会権説
こんばんは。
当連載の第4回~第11回までご紹介していた、君塚正臣横浜国立大学教授の論文では、社会権説は、このように批判・否定されていました。
①社会権説には、「自由権から社会権へ」というスローガンに見られるような、社会権への過大な期待が基底にある
②20世紀に生まれた人権、新しい人権、現代的人権規定をすべて社会権とラベリングすることは粗雑な印象がある。
③日本国憲法は婚姻や家庭に国家的社会的意義を認め、それを維持保護しようとする態度をとるところまではいっていないという批判がある。(法学協会「註解日本国憲法」)
④立憲過程を観察したように、後に明らかになる起草段階の発想が仮に社会権的なものと解し得るのだとしても、当時公になされた議論を根拠に24条を社会権的に理解することは相当困難である。
⑤条文上、国家の積極的保護介入を求める姿勢は希薄である。
⑥社会権が、経済的自由権の修正としての国家の請求権であるという理解が一般的になれば、第一義的には経済的な人権規定ではなく、明文上請求権とは読めないと思われる24条が社会権だとは考えられない。
そのため、君塚教授は、「このような理解は次の世代に継承されることはなかったと言えよう」と結んでおられます。(後掲君塚論文P.26)
<参考論文>
君塚正臣「日本国憲法24条解釈の検証ー或いは『「家族」の憲法学的研究』の一部として」関西大学法学論集52巻1号(2002年)
しかし、2000年代に入っても、憲法24条を社会権的に理解し、果敢に主張する学説は存在していました。
ジェンダー法学の草分け、先駆者的存在ともいえる、金城清子教授です。
東京家政大学、津田塾大学、龍谷大学で教授を歴任され、1980年に「法女性学」(2000年代にジェンダー法学として発展する)という学問分野を開拓された法学者です。
見落とされていた「私的領域での差別」
金城教授は、1996年の著された研究書の中で、「戦後の一連の男女平等へ向けた改革が、女性を法律による差別から解放し、その地位を飛躍的に向上させたことは、いくら強調してもしすぎることはない。」としつつも、政府の「男女の地位を平等にするにはどうしたらよいか」という調査結果で、「女性の努力」という回答が時代が下るにつれ少数派になる一方、「古い封建的な慣習をなくす」「男性の理解や協力」といった回答が増加していることを指摘し、「戦後四十余年にわたる日本の女性たちの経験も、国際連合の場合と同様に、男女の平等は、法のレベルでの形式的平等、すなわち男女の平等権を自由権として保障しただけは、決して実現しないものである」と主張されています。
<参照文献>
金城清子「法女性学(第2版)」日本評論社91頁以下(1996年)
そして、その根源となっている差別の所在について、次のように述べています。
1988年、「日本で初めての、市民向けの国際人権の解説書」として翻訳・出版された『ヒューマン・ライト』は、現代日本の人権問題として、女性に加えて、アイヌ民族、部落出身者、在日韓国・朝鮮人、外国人労働者などに対する差別とプライヴァシー問題をあげている。日本の人権の状況を、国際的な視野から眺めるならば、平等の実現が著しく遅れていることを物語る。そして性差別、部落差別など、すぐれて私的領域での差別こそが、差別問題の根源をなすものである。
この「私的領域での差別」という問題について、戦後憲法学は、いわゆる「人権の私人間効力の問題」という論点に回収されており、検証された君塚教授も含め、公的介入の必要性にほぼ無関心であったといっても過言ではないと思います。
2021年、入管での外国人非正規滞在者への苛烈な迫害や、ヘイトスピーチへの後ろ向きの姿勢、ネット上での女性への攻撃的な言動の横行といった問題に、憲法学が非力な回答しか用意できていないことと無関係ではないでしょう。
金城教授は90年代に既に気付かれていました。憲法学者の江橋崇法政大学名誉教授の言葉を引いて次のように述べます。
今や国際的に緊急な課題となっている差別問題への解決を、憲法の限界として放置し、助長するのではなく、憲法の枠組みのなかでその解決をはかるための理論が求められている。憲法14条を手掛かりとして、平等権の法理の確立が、すなわち、「自由主義の観点からの平等論とその亜種たる社会論について多くを語ることが期待されている」のである。
機会の平等を再定位
ここで、アメリカの社会学者・ダニエル・ベルの分析を題材に、金城教授は議論の打開を図ります。
ところで平等を、これまでのように形式的平等という対概念でとらえると、形式的平等は条件の平等に、実質的平等は結果の平等に対応する。しかし機会の平等の概念は、どちらに入るのだろうか。機会の平等という中間領域の内実が明確にされないまま、機会の平等は、ひとしなみ形式的平等の保障によって実現されると考えられてきたことが、さまざまな誤解や混乱を招いているのではないだろうか...機会の平等は...条件の平等と結果の平等の中間に存在し、平等権の自由権的保障としての形式的平等と、社会権的保障としての実質的平等を同時に要請する…この機会の平等の保障こそ、指摘領域に深くかかわるものであり、性差別問題解決の根幹をなすものである。
そこで、金城教授は、女子差別撤廃条約3条の規定を根拠に、従来の解釈論に変革を迫り、国家による平等の実現への憲法的関与の必要性を指摘します。
機会の平等を保障していくためには、形式的な法のレベルでの平等の保障に加えて、国が積極的に介入し、法的なレベルでの平等を実質化していくことが要請される。その意味で男女平等権は、法律上の差別からの解放という自由権としての側面と、国が積極的に機会の平等を実質的に補償していくためには、私的領域に介入していくという意味で、社会権的とを合わせ持つということができよう。これは「形骸化した『機会の平等』を実質的に確保するための基盤形成」という意味を持つものである。
ところで平等権の社会権としての保障を強調することは、自由権としての保障の意義を没却してしまう恐れがあるとの指摘がなされる。しかし男女平等権を社会権として保障するということは、男女平等権が社会権に変質し、自由権としての保障が意味をなさなくなったというわけではない。自由権としての保障は、前述のように、きわめて重要である。自由権としての保障にくわえて、社会権として保障していくこと、すなわち二つの性格を併せ持つ権利として保障していくことが、男女平等権を有効なものとしていくためには、不可欠だということである。
福祉国家論の新しい展開として
金城教授は、ヨーロッパの福祉国家論が市場原理の修正理論として登場し、人間の尊厳にふさわしい生活を保障するために、市場原理への国家の積極的役割を強調してきた経緯を引きながら、「このような展開のなかでみるならば、国家権力の私的領域への介入の要請とともに発展してきた福祉国家論において、国家介入の要請こそがまさに本質的部分なのである。」とされています。
これらの金城教授の主張は、主に憲法14条をめぐる議論として展開されたものの、男女平等権として位置付けられており、憲法24条も射程に入るものと思われます。
また、君塚教授の批判的分析と比べて見ると、君塚教授は、主に憲法制定の過程や条文上の解釈論から批判しているのに対し、金城教授の主張は、それを見越したうえで、憲法上の男女平等権(14条、24条)を定位しているのであって、憲法制定当時の理念を、時代に合わせて合目的に再構成した、と評価できるのではないでしょうか。
引き継がれた金城説
金城教授は、2000年以降も、ご自身の著作や講義などで、男女平等権の社会権的性格についてご主張をされており、社会権説は、21世紀になっても"生き延びた"といえるように思います。
<参照文献>
金城清子「ジェンダーの法律学」(有斐閣アルマ)50頁以下
金城清子「女性差別撤廃条約と日本」龍谷法学43巻3号889頁以下
加えて、金城教授の退任後、ご自身の憲法学説の中に取り込み、発展させたのが憲法学者も現れました。
私は、辻村みよ子東北大学名誉教授ではないか、と思っているのです。
(つづく)
【連載一覧】
すでに登録済みの方は こちら