水野家族法学を読む(23)「貞操義務再考」

「法学教室」2021年11月号の後半は、貞操義務に関する水野先生の主張を取り上げています。従来の判例・通説に挑む水野家族法学の論理とは。
foresight1974 2022.01.23
誰でも

<前回>

<参照文献>
水野紀子「日本家族法を考える 第7回 婚姻の効力を考える」法学教室2021年11月号(有斐閣)88頁以下

珍しい通説・判例への挑戦

今回は、「法学教室」2011年11月号の後半は、貞操義務をめぐる議論です。

ここは、現在の実務に対し、長年、水野先生が議論を挑んでいる箇所なので、詳しくご紹介していきたいと思います。
水野先生はどちらかというと、通説・判例をどう再構成、再定位するか、という方向で議論されることが多いので、こういう箇所はとても珍しく思います。

ここでは、貞操義務違反について、(1)義務違反をおかした配偶者への請求と、(2)配偶者と情を通じた相手方(不貞行為の相手方)への請求に分けて論じられています。

不貞行為の配偶者への請求について

水野先生は、貞操義務をめぐる判例法が成立した経緯を次のようにご紹介しています。

前述した「関白宣言」は、「俺は浮気しない、多分しないと思う。しないんじゃないかな、ま、ちょっとは覚悟しておけ」とうたう。長い結婚生活の間には思いがけないことが起こるだろうし人は変わりゆくものだから、誰しも「覚悟」は必要かもしれないけれど、この「俺」には妻が浮気をすることへの「覚悟」は読み取れないのではなかろうか。
<参照文献>P.91

続いて、戦前の法的規律に解説が移り、明治民法では妻の不貞行為は離婚原因だが、夫の不貞行為が離婚原因と定められておらず、姦通罪も妻のみが対象となった規律であったところ、有名な「男子貞操義務事件決定」(大決大正15年7月20日)で、大審院は、夫にも貞操義務を認める判断を示します。

夫に貞操義務があり、夫とその相手方の女性との共同不法行為になるという大審院の判断は大変な議論になりましたが、実際に、妻の請求が裁判上主張されるようになったのは、戦後からだといいます。

不貞行為が配偶者間での不法行為に基づく慰謝料請求権の対象になるということについては、ごく近年まで異論はなかった。伝統的には妻の貞操権の侵害ないし夫の名誉棄損として夫からの請求権のみが認めっれて来た不貞行為の相手方への請求と異なり、配偶者間の請求については、妻からの請求も認められてきた。明治民法は離婚給付の規定を欠いていたため、追い出し離婚などで不当に離婚された妻を救済するために、判例は早くから離婚の有責者に対する慰謝料請求権を認めていた。その有責行為の内容には、不貞行為も当然に含まれていたからである。戦後の民法改正で財産分与とい離婚給付が立法されたけれど、離婚給付としての慰謝料は判例によって維持された。つまり配偶者間では、不貞行為は慰謝料請求権をもたらす不法行為であることは、長年異論はなかったといえる。
同P.92
しかし近年、性的自己決定権を重視する観点から、夫婦間であっても強姦罪が成立するという理解が一般化したように、この慰謝料請求権についても否定する学説が現れるようになった。たしかに性的な自由はすぐれて本人にのみ記憶するものであって、たとえ配偶者であっても他者の性的な自由に対して要求する権利はないと考えれば、配偶者間であったとしても不貞行為を理由とした慰謝料請求権は認めることは筋が通らないという主張にも一理はある。とはいえ私自身は、この解釈を採らない。婚姻という約束の中核には、相互の貞操義務がある。その約束を破ることは、配偶者に対する最大の精神的DVともいえる行為であろうからである。ただしそれは夫婦間でのみ主張できる請求権であると考える。たしかに婚姻している夫婦であることは、周囲の第三者も尊重しなくてはならないだろう。既婚者を相手にした不貞行為は倫理的には責められることと言わざるを得ない。しかし一方配偶者が、他方配偶者の不貞行為の相手方に対して慰謝料請求権を行使できるとすることは、他方配偶者の身体に対する物権的な支配権に類似した権利、つまり第三者に対して主張できる支配権をもとすことにつながるように思われる。
同P.92

こう述べてから、水野先生は(2)不貞行為の相手方への損害賠償請求の議論の詳細に入っていきます。

不貞行為の相手方への請求について

冒頭取り上げるのが、不貞行為の相手方の慰謝料請求権として言及されることの多い、最判昭和54年3月30日(以下、昭和54年判決)です。

昭和54年判決によって、不貞行為が慰謝料請求権の対象となることが周知されたため、この判決が出てしばらく後におしゃべりした裁判官が「今、扱っている事件の半分はこの慰謝料請求権で嫌になります」とぼやいていたのを思い出す。最高裁は、同日付で夫からの請求と妻からの請求の二種類の事件について、配偶者の慰謝料請求権を認め、嫡出子の請求を否定するという結論を採った。新しい判例となったのは、子の請求を否定した部分であり、子に愛情を注ぎ、監護・教育を行うことは、親自らの意思でできるから、不貞行為の相手方の行為とは相当因果関係がないという部分であった。
同上
昭和54年判決が出た後、活発な議論がなされた。配偶者の請求権と嫡出子の請求権について、ともに認める説、ともに認めない説、判例と同様に配偶者のみ認める説、配偶者はお互い様だが子は被害者だと子の請求権のみ認める説、と四通りの組み合わせの学説が主張された。この問題について、教室で四つの立場について挙手をしてもらうと学生たちの意見もばらばらに分かれる。
同上
1983年の評釈で、「論理に導かれるというよりも、それに先立つ各自の(傾向)、すなわち、男女関係観とでもいうべきものに影響されることが大きいと思う」とし、「二〇を超える評釈の見解を概観」して、「私と、だいたい同世代または以後であると確認できる人々が、いずれも批判者側に属する」と分析していた論考がある。この世代論は当たったようで、今では慰謝料請求権否定説が学説では通説的である。
同上

それはなぜ否定されるべきなのか

水野先生は、次のように述べて通説を支持されます。

ちなみに私は、前述したように、配偶者の請求権も子の請求権も両方とも否定する立場である。裏切られた配偶者の法益侵害は、不貞行為の恋愛や離婚の自由などの法益と対立するものであり、これら法益の調整は家族法が担当するべき問題であって、たとえ現状の家族法による保護が貧弱であったとしても、原則として家族法の領域に委ねられるべきである。例外的に、第三者の行為態様がきわめて違法性が強い場合、つまり恋人の配偶者である原告に離婚を迫って肉体的・精神的暴力を振るう等の直接的加害行為をした場合に限り、不法行為法の保護対象になると考える。またこの判例法理の弊害も、不貞行為の立証というダーティな訴訟になることも含めて、少なくない。不貞行為の結果、夫婦が破綻している場合には、内容的には離婚給付の上乗せにあなるだけであるが(日本法の離婚給付は極めて低額であるという問題を抱えているので悪くはない)、とりわけ夫婦が破綻しなかった場合に弊害が大きい。夫が請求する場合は美人局の手段、妻が請求する場合には夫に対する強制認知請求の抑圧機能を持つ。
同P.93

プラグマティストの真骨頂とも言うべき論証。
家族法と不法行為法の役割分担の視点、仮に請求権が認められるとした場合の、夫婦が破綻するケース、破綻しないケースに場合分けし、それがどういう法的機能を営むかについて、パースペクティブに検討されています。

水野先生は、不貞行為の弊害を過小評価しているわけではありません。
本号の末尾には、「慰謝料請求権を否定する代わりに、離婚給付を手厚く保障して不貞行為のような精神的苦痛をもたらす婚姻生活から逃れる自由を確保する方向が望ましい」と述べています。
不法行為法は、通常訴訟という形式で争われるため、立証の巧拙によって判断が大きく分かれるケースが多く、プライベートな部分における泥沼化した訴訟が長期的に続く弊害も無視できない。そうしたことが念頭にあるように思われます。

ちなみに、本号の記事でも取り上げられていますが、その後、最高裁判所は、この昭和54年判決を一定の制限をかけていくことが解説されます。

①最判平成6年1月20日
 消滅時効の起算点を、配偶者と第三者の不貞行為を「知った時」から起算する。

②最判平成8年3月26日
 婚姻関係が事実上破綻した後の不貞行為について、慰謝料請求権を否定。
 これは有名な判例ですね。

③最判平成8年6月18日
 いわゆる美人局類似事案において、夫から妻の不貞行為の相手方に対する慰謝料請求権は信義則に反し許されない。

④最判平成31年2月19日
 離婚前に妻の不貞行為が終了し、不貞行為自体の慰謝料請求権は時効消滅していたが、その後離婚にいたったケースにおいて、夫が不貞行為の相手方に対し、「離婚に至った」ことを理由とする慰謝料請求権を否定。

特に④について、水野先生は「不貞行為の相手方への慰謝料請求権を認める判例法理そのものに対して、消極的な評価から見直す価値判断を内包することは、否定できないだろう。」と評価されています。

(この連載つづく)

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