ネット論客論駁ノート(1)「“論破”ってどういうことなの!?」
※写真は、ふだん真面目な文章を書く時に、頼りにしている本と辞書。いずれもロングセラー。
離婚後共同親権における論争で、久々に論理学的な意味で、綺麗な「論破」をみかけたので、シェアします。

元の発言は、自民党の衆議院議員で、離婚後共同親権に賛成の方ですが、DV(ドメスティック・バイオレンス)について、モラハラはそれに含まれないという否定的な発言をしています。
これを正しい弁論家さんは、簡潔に見事に論破しています。
テニスでいえばリターンエースのような痛快な切り返しですね。
140字しか書けないtwitterでは、なかなかこうはいきません。
では、いったい何を"論破”したというのか。が本日のお題です。
ネットでは、(特にネトウヨが)相手を勝手に言い負かしたと意味不明な勝利宣言、自称「論破」が横行しています。
欧米先進国のような厳密な議論に慣れていない日本特有の「しぐさ」といえるでしょうが、論破にはもっと明確なルールがあるべきです。
論破とは、相手の主張を“論理的に”否定すること
辞書を引くと、論破とは「議論して相手の説を破ること、相手を言い負かすこと」と出てきます。(Weblio辞書)
「破る」とか「言い負かす」とか、いささか客観性に欠ける定義です。
私なりの定義ですが、論破とは論理的な意味で、相手の主張を否定すること、を指すと考えています。
論理的な意味、と書きましたが、これは論理学(記号論理学)という学問によって裏付けられる、という意味です。つまり、(社会)科学の問題です。
例えば、冒頭の正しい弁論家さんは、みたに氏の何を否定したのでしょうか。
皆さんは説明可能でしょうか?
みたに氏は、「DVと言うなと言うだけ」という命令的な主張について、①自分に「モラハラはDVではない」と判断する資格がある、②自分がその主張(命令)が可能だ、という2つの前提に立っています。
これに対し、正しい弁論家さんは、①について、それは裁判官の法的判断にゆだねられることで、一介の弁護士兼国会議員に決める資格はないこと、②について、当事者の代理人でもないあたなが被害者である相手方に命令する法的権限がない、ことを指摘して、見事に前提を否定したのです。
論理的に否定されたため、みたに氏の主張は論理的には効力を失いました。
むろん、みたに氏の支持者は、感情的に受け入れがたいでしょう。ですが、客観的・科学的な結論を動かすことはできません。
“論破”をしっかり考えることで法的思考力を鍛える
ネットで議論される方の中には、論破をあまり気にしない、というか、否定的な意見を持っている方も多いようですが、私は、むしろ、しっかり考えた方が良いと提案したいと思います。
なぜなら、既に述べたように、論破とは論理学的な、客観的・科学的な問題です。
そこで得られたことが、必ずしも正しい結論の全てではありませんが、あたかも裁判官の目線に立ったかのように、客観的に論理の優劣を把握することは、その議論の勝敗の価値など比較にならない、はるかに多くの知的収穫をあなたにもたらすことでしょう。
実は、法学の世界の学説というのは、「論破」の連続で成り立っています。
通説・判例に対する有力説。ある法的命題の肯定説に対する否定説。。。新しい学説・法的主張は、基本的に、従前の法的思考のフレームワークを、論理的に何らか形で否定したり疑問点を指摘したりすることから始まります。
※ここで創刊号でご紹介した、ドゥオーキンの「連鎖小説の比喩」を思い出してください!!
「論駁ノート」を作る目的
実は、私とtwitter上で相互FFされている皆さん、手練の論客ぞろいで、このような説明を改めて申し上げる必要性などさらさらない方ばかりです。
私ごときが啓蒙目的のニュースレターの書く意味はない。
実際、論理学的な意味で、論破された方はほとんどいらっしゃいません。
それでも論駁ノートを連載しようと思ったのは、自戒のためです。
もう少し上手く表現するなら、「ミイラ取りがミイラにならないため」というべきでしょうか。
最近、「伝える伝わる文章表現」(ケイエスティープロダクション)を上梓された、新稲法子さんがこんな体験をされたそうです。

残念ながら、この学生は得意なあまり、安易にも「論破」という言葉で思考停止に陥ってしまったようです。
アメリカ大統領選挙でも、常識の斜め上を行く陰謀論が跋扈しましたが、一番の発信源は日本だったそうで。頭がクラクラするような現実ですね。
もう削除されたようですが、新稲さんは、twitter上で「論理的思考力を保ち、陰謀論に陥らず、トンデモ科学に引っかからず、自分とは異なる立場や考えも尊重し、主張すべきことは臆せず主張し、誠実に説明し、間違いは間違いと認める。いつまで知性の健康を保てるかのマラソンが始まっていると思う。完走したい。」とおっしゃっておられましたが、至言だと思います。
本当にそんな時代です。そして、私も当事者の一人です。
私もこのマラソンを完走したいと思っています。
皆さんもどうかご一緒に。
(この連載つづく)
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