水野家族法学を読む(21)「婚姻とはどのような契約なのか?」

今週からは、法学教室2021年11月号に掲載された、婚姻の効力をめぐる議論ですが、公的介入力の弱さが影を落としています。
foresight1974 2021.12.28
誰でも

<前回>

前回、改めて民法と戸籍法の矛盾について、水野先生のお考えを紹介してきましたが、法学教室2021年9月号の最後にこのように述べています。

<参照文献①>
水野紀子「日本家族法を考える 第6回 婚姻障碍事由を考える」法学教室2021年9月号(有斐閣)68頁以下

民法の前提となっている制度が異なるために、継受法が本来の役割と異なる意味を持ってしまう問題は、身分証書と戸籍との相違がもたらす問題ばかりではない。民法738条は、成年被後見人の婚姻には後見人の同意は不要とする。この条文のみならず、身分行為は、契約と異なって原則的に行為能力がなくても可能とされてきた。財産的な契約と異なり、婚姻や離婚はすべからく裁判所などの公的な第三者が当事者の意思や条件を確認する関与手続があるから、行為無能力でもなんとかなる。しかし日本の戸籍届出には、そのような関与はない。したがって成年被後見人の高齢者が亡くなった後、晩年に届け出られていた後妻や養子が名乗り出ると、故人がそのような身分行為をするはずがなかったと思う遺族は、この条文と戦うことになる。
<参照文献①>P.74
先述した日本特有の重婚問題も、協議離婚というあまりにも簡便な離婚方式の存在ゆえであったように、母法国であれば、裁判所や検察官や公証人などの司法インフラが制度的に関与することによって行われている様々なことが、日本法では、それらの制度的関与がないために十分に機能しないことが少なくない。
同上

そのことが影を落としているのが婚姻の効力です。

<参照文献②>
水野紀子「日本家族法を考える 第7回 婚姻の効力を考える」法学教室2021年11月号(有斐閣)88頁以下
※10月号では、水野先生の連載は休載となっています。

婚姻の効力として扱う内容と視点

水野先生は、婚姻の効力を考える際の視点として、次の3つを挙げられます。

①男女平等
②夫婦の共同生活の存在
 (財布の共有の推定/組合のように共同生活をする)
③弱者保護

そのうえで、水野先生は次のように問いかけます。

法は、家庭に何を命じることができるのか?

水野先生は、さだまさしの「関白宣言」(古い。。。)を引き合いに出しながら、次のように述べ、当事者に「互いに愛せよ」といった義務、人格法的効果を定めた規定が、法による強制が困難であることを指摘しています。

民法は流石に「愛せよ」などという義務を命じることはなく、民法752条は、夫婦の同居協力扶助義務を定めるだけである。これらの義務は、たしかに「同居せよ」「協力せよ」「扶助せよ」という命令形になる。そして同居を命じる審判も可能である(最大決昭和40・6・30民集19巻4号1089頁は、同居審判の合憲性を認める)。しかし「夫の顔を見るのも嫌だ」と別居している妻を強制的に夫と同居させることができるだろうか。同居を命じる裁判所の判断は、直接強制はもちろん間接強制もできないことは、大審院時代からの確立した判例である(大決昭和5・9・30民集9巻926号)。協力義務も同様で、強制できない義務である。家庭生活のあり方は、個人の人格権と密接不可分であり、本人が望まない家庭生活を法が強制することはできない。これらの義務の不履行は、事後的な判断として、たとえば悪意の遺棄として離婚原因(民770条1項)を構成する可能性があるにとどまる。また、たとえば家事労働の対価を不当利得として返還請求しようとしても協力義務の内容として認められない。唯一、扶助義務だけが金銭債務として強制可能な義務である。民法には、家庭生活のあり方、いいかえると人格法的効果を定めたと評価される条文が二つある。この夫婦の同居協力扶助義務を定める民法752条と、親権者の監護及び養育の権利義務を定める民法820条である。いかにも家族法らしい条文であるが、どちらにおいても人格法的効果の強制は困難である。
<参照文献②>P.89

さらに日本法は、金銭債務に対する強制力も弱く、日本の扶養料債務の不履行率が非常に高く、母子家庭の貧困が社会問題であることを指摘されます。この問題の背景に日本社会の急激な変化、実家の扶養能力の衰退、戦後の労働市場慣行を挙げられます。
そして、家族間の扶養料債権は、市民間の債権と異なり、債権者が圧倒的に弱者であり、しかもその債務の履行確保の必要性は非常に高いにもかかわらず、西欧とは異なり、日本では強制的な養育費の履行確保の手段が大きく後れを取っていることを指摘されます。

そして、こんなエピソードを紹介しています。

ヨーロッパから来日した法律家たちを家裁に案内したことがある。所詮、彼らの国の法制度を輸入した後進国だよね、という雰囲気であった彼らが、最大の関心を示したのは、家裁の調停であった。調停室を案内したら、「おお、フラワー・アレンジメントが飾ってある」などと感心し、「金銭は分けられるけれど、子どもは分けられないからねえ」といいつつ、「調停」だの「和」だのと口にして興味津々であった。残念ながら日本の家事調停は合意至上だからバーゲニングパワーのある方が勝つことが多いし、いたずらに回を重ねて決着がつかないまま「発酵調停」と化すこともあるし、彼らの夢見るようなものではなく、隣の芝生なのだろうなあ、と思いながら彼らの様子を眺めていたのを思い出す。
同P.90
困難な問題ではあっても、家庭生活のあり方が、家族の一人一人にとって、特に子どもにとって、圧倒的に重要な問題であることをは言うまでもない。家族は、日常的にもっともプライベートな時間を共有する関係であり、育児期の家族の接し方は、その子の生存と成長を左右し、成長してからもその生涯にわたりあまりにも大きな影響を与える。家族法も、この大切な家族生活のあり方を対象とせざるを得ない。そして西欧法は、日本法と比較すると、はるかに積極的かつきめ細かく家庭生活に介入するように思われる。
同上

そして、日本では保守派も人権派・進歩派も、公助に否定的であったことを指摘されます。保守派、伝統的でノスタルジックな理由から、人権派・進歩派は封建的思想を背景とする義務が社会的圧力によって強制された歴史への反動から。

たしかに家族というプライベートな空間の自由は尊重されなくてはならないが、家庭内であっても人権は守られなくてはならない。要するに、機能不全家族にいかに対処するかという問題である。家庭内に暴力がある場合が典型で、暴力を用いた支配は密室の中でエスカレートする。肉体的暴力はもちろんのこと、精神的暴力(モラル・ハラスメント、略してモラハラ)の弊害も同様に深刻である。DV被害者に外部とのつながりと自力で生きていける経済力があれば逃げ出せるが、この二つの条件が失われると支配の構造が固定化する。知人の家裁の判示が、離婚事件の家庭はまだ救いがある。片親に逃げる力があるから、と話してくれた。それに対して少年事件の家庭の悲惨さはより深刻なのだそうである。つまいrどちらの親も機能不全家族から子どもを救出できなかった家庭では、そこで育った少年たちに問題が生じてしまうのである。
同上
「家族と裁判」という国際シンポジウムでは、英米法と大陸法の傾向的相違も語られている。ケースワーカーと判示の協働作業といっても、本人に寄り添い自己内発的な自生を促すカウンセリング作業と、正義の立場から判断する司法判断との本質的な差は大きい。英米法は、どちらかというと前者に力点が置かれ、大陸法は、それではカウンセラーの価値判断が法になってしまいかねないと警戒的である。いずれにせよ日本法は、これらの次元とは遠く隔たっている。
同P.90~91

売買契約と比べてみても。。。

日本法における婚姻の契約拘束力の弱さは、水野先生が長年指摘しているように、そもそも公的介入力の弱い、というだけが原因ではないようです。

例えば、売買契約(民法555条)は、目的物の引渡債務、対価の金銭債務といった、目に見える債権債務であれば、それを法的拘束力を持たせ、未履行者に公的介入して強制的に執行するためにシステムを構築しやすいですが、法的性質が同じ契約であっても、主な契約内容について、本人が望まない家庭生活を法が強制することはできない婚姻では、公的に介入することが、そもそも原理的に困難である、という事情もあります。

水野先生は、フランスの民事訴訟法学者であるロジャ・ペロの言葉を引用して、次のように表現しています。

「家事裁判は非常に興味深い現象である。幼いモーツァルトが不協和音をならして顔をしかめ『この二つの音は愛し合っていない』と言った言葉を思い起こさせる。家庭と裁判は、それぞれ貴重な制度であるが、それらもまた、愛し合ってはいない。家族の中に判事が干渉することは、圧倒的多くの場合には既に修復しがたいひび割れがあることを予示するか確認するとい、たいていは失敗のしるしである。そして司法が救済に乗り出すときには、まず逃れ得ない家族的な要請の圧力下で、司法自身もまた一定の脆弱化を免れ得ない。」
同P.89

そして水野先生は、婚姻の効力の各場面において、その効力のあり方を議論を進めていきます。

(この連載つづく)

※次回は、2022年1月4日に配信予定です。

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