水野家族法学を読む(20)「民法と戸籍法の矛盾」

今週も、「法学教室」2021年9月号から。民法と戸籍法の矛盾についての解説を読んでいきます。
foresight1974 2021.12.21
誰でも

<前回>

<参照文献>
水野紀子「日本家族法を考える 第6回 婚姻障碍事由を考える」法学教室2021年9月号(有斐閣)68頁以下

(前回のつづき)

盲腸条文

水野先生は、民法と戸籍法の矛盾をどのように捉えているのか。

連載第2回において、歪な法の運用の背景に、硬直化した戸籍法の存在があることを、選択的夫婦別姓を題材にご紹介しました。

2021年9月号「法学教室」においても、水野先生は、この矛盾を別方向からも説明しています。
西欧からの継受法である民法の法的関係を、日本独自の制度である戸籍法で運用しようとすることから生じる矛盾です。

婚姻取消しの遡及効を否定した民法748条もその一つであるが、母法において果たしていた機能を、戸籍制度の下では果たし得ないにもかかわらず、日本民法に継受されている条文がほかにもいくつかある。私はこれらの条文を「盲腸条文」とこっそり命名している。
P.73

連載の中で、水野先生は、次のような条文を盲腸条文として挙げておられます。

①母の認知を求める規定(779条)
 嫡出でない子は、「父又は母」が認知することができるとするが、母子関係は分娩によって生じるとするのが最高裁判例であるため(最判昭和37年4月27日)、空文化した。

②父親の胎児認知に母の同意を必要とする規定(783条)
 仮に、匿名のまま出産することできる場合、母親は特定を避けるために父親の胎児認知に同意を要件とするためのものであるが、日本法ではそもそも匿名出産ができない。

③相続人不存在の場合における相続人捜索の公告(958条)
 日本では戸籍によって相続関係が自明となるため不要。

④相続回復請求権(884条)
 もともとは真正相続人と表見相続人との間で相続権を争う請求権であるが、③同様、日本の戸籍制度では使いようがなく、最大判昭和53年12月20日によれば、わらの上からの養子のように存在が認識できなかった相続人に対してしか適用がないと判示し、適用範囲を厳しく限定しています。
 水野先生は、「相続法のアポリア(解決がつかない難問)」だと評しています。

ただ、④についてですが、学説上争いがあり、最高裁判例も集積している条文です。なぜ、水野先生がこれを盲腸条文の一例として挙げられたのか、個人的に十分には理解できていないところです。

戸籍制度改革の方向性

戸籍制度の問題点や改革の方向性について、水野先生は2つの論文の中で明らかにしています。

<参照文献②>
「戸籍制度」ジュリスト1000号163-171頁(1992年)

<参照文献③>
「日本の戸籍制度の沿革と家族法のあり方」アジア家族法会議編『戸籍と身分登録制度』日本加除出版13-27頁(2012年11月)

明治民法を立法する以前にすでに戸籍制度は確立していた。民法は継受法であったが、母国法の身分証書制度を前提とした諸規定については、明治民法は身分行為の届出制をはじめとして戸籍制度に極力合致するように立法された。
<参照文献②>

そして、何度か繰り返しご紹介していますが、水野先生は、民法と戸籍法の関係についてこう述べています。

明治民法と戦後の民法は、イデオロギー的にはたしかに大きな転換ではあったけれども、西欧民法とは非常に異なる共通の特徴を維持しており、民法としては、実はそれほど大きく変貌していない。すなわち家族観の権利義務関係を定めた法規として、その権利や義務の実効的な履行を確保することによって家族を維持し、とりわけ法がなければ守られない家庭内の弱者を保護するという家族法本来の機能が、日本民法は、非常に弱いという特徴である。明治民法は、元老院の審議によって多くの条文を削除されて実効力を削がれた旧民法の条文をもとに、戸籍に体現される「家」を基幹の家族制度として、当事者の自律に大幅に委ねる家族法の規定を整備した。この結果、日本民法は、相続という効果を除けば、戸籍の登録基準を定める法として主に機能するものになってしまった。この無力さは、戦後の改正によっても基本的には変わらなかったのである。
<参照文献③>P.25

一方で、戸籍法は戦後にこのような変化が起きました。

戦後、現在にいたるまで、おもに度重なる戸籍法施行規則の改正として行われてきた戸籍の「合理化」が、身分登録簿としての機能を劣化させてきた。戸籍の公開原則と、戸籍の情報提供方法としてとしての機能を劣化させてきた。戸籍の公開原則と、戸籍の情報提供方法としての記載事項の証明ではなく原本のコピーを交付する制度がとられていたために、プライバシーや人権侵害が意識されるようになると、公開原則と廃棄する手段をとらずに、戸籍記載事項事態を省略化することが進められた。届書に記載された情報のうち戸籍に転記されるものとは、次第にごく限られた情報のみとなり、しかも保存スペースなどの問題から、同時に届出保存期間の短縮が行われた。
同P.17
戸籍の公開原則は、戸籍の威力のひとつであった。誰でもいつでも見ることの保障された身分登録簿である戸籍は、「戸籍が汚れる」ことを嫌う一般的な観念をもたらした。非嫡出子を出生した事実は母の戸籍に記載されるから、母と同籍する家族にとっても、自分の身分登録簿に非嫡出子を持つ家族が存在することが明示される。これを嫌って、非嫡出子の出生届は、兄夫婦や養親の嫡出子として虚偽の届出がなされることが少なくなかった。また続柄欄の記載様式が嫡出子と非嫡出子で異なることも、非嫡出子身分の象徴として問題とされた。公開原則や続柄の問題については、昭和51年(1976年)の戸籍法改正をはじめとする数回の実務の変更や戸籍法の改正によって、非嫡出子の続柄欄を嫡出子と同様にする届出や公開原則の廃止が成立している。
<参照文献③>P.17~18

水野先生は、改革の方向性を次のように述べています。

戸籍制度の基本的な特徴については、国民を把握するこのような制度がいったん構築された以上は、もとに戻ることは現実的な提案ではないと思われる。また福祉国家としての諸要請に答えるという観点からは、戸籍制度に対する積極的な評価も可能である。しかし戸籍制度が国民のプライバシーに関する権利と深刻に衝突する非常に危険な制度であることは、どれほど強調しても強調しすぎることはなく、この危険性をいくらかでも減じるためにあらゆる手段が講じられる必要がある。
<参照文献②>

水野先生のこのプラグマティズムな姿勢は近年まで貫徹されており、たとえば、<参照文献②>を掲載しているホームページの冒頭、水野先生は次のように述べています。

 戸籍制度の公開原則は、いかに伝統的なものであったにせよ、プライバシーとは両立し得ない特異な制度であると考えておりましたので(拙稿「戸籍制度」ジュリスト1000号163頁以下)、今回の改正を喜んでおります。一方では今までの歴史がありますから戸籍制度を一挙に封印することは難しいでしょうし、また他方では、社会福祉の進展のためには公権力による国民の個人情報の把握がより必要であることも理解できます。
平成18年8月/法務省への意見書より

2012年に執筆された<参照文献③>においては、個人戸籍の機能的優位性を認めつつも、現行戸籍制度を評価するくだりも見受けられ、必ずしも改革の方向性が定まっているわけではないようです。

改革の具体的提言は、第2回でもご紹介していますが、<参照文献②>によると、次の6点にまとめられます。

①公開制度の破棄
②戸籍謄本をそのまま交付せず、必要事項のみ謄本に記載する
③コンピュータ化の導入
④続柄の廃止
⑤個人戸籍の導入
⑥同一氏同一戸籍の撤廃 

現在のところ、④~⑥の提言がまだ実現をみていませんが、プライバシーや人権といった側面からだけではなく、明治以来続く、民法と戸籍法の主従関係の逆転、あるべき姿への再構成といった観点からも、実現が必要なように思われますが、水野先生は、本筋はあくまで民法の改正だと述べておられます。

婚姻からの逃避によってそもそも家族が形成されることさえ阻害されている日本の現状を思うと、あきらめと隷属による家族の安定化ではなく、両性に真に対等な結びつきによる安定化を実現するために、戸籍制度ではなく、家族法こそが本来の機能を果たす法として改正されなければならないと思う。
<参照文献③>P.27

来週は、水野先生がその本筋に話を戻した下りから、「法学教室」2021年11月号の連載記事のご紹介に移っていきます。

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