憲法24条研究ノート(16)学説を問い直す④辻村説の到達点

日本の法学で論じられてきた家族モデル論について、辻村教授が新たに示した家族モデル論、そこから憲法24条の本質論に展開していきます。
foresight1974 2021.12.24
誰でも

<参照文献>
辻村みよ子「憲法と家族」(日本加除出版)

昨日ご紹介した、日本の法学分野の家族モデル論に対応して、辻村教授は、1990年代から、3つの家族モデルを提示してきました。

Ⅰ.個人主義的家族モデル

個人の人権(幸福追求権・自己決定権・家族形成権など)保障と自立の重視、平等の徹底を目指す立場。「家族の個人化」を志向し、自己決定権やプライバシーなどの幸福追求権を最大限認める立場。

このモデルでは、家族は個人主義的原理に支えられた人的結合に過ぎない。

一方、家族を「公序」と捉えてその法的規律を重視する立場からは対抗関係が生じることとなる。具体的には、非婚、シングルマザーや同性カップルが憲法24条の保護の範囲に含まれるかが問題となるが、契約的家族観に立ちつつも、憲法24条の下でも同性婚を容認しうるという見解が増えているようにみえる。

Ⅱ.国家主義的家族モデル

国家による家族の保護と家族構成員への強制を求める。
旧憲法下での天皇制絶対主義型家族モデルや近年の改憲論にみられる、伝統的・復古主義的家族観のほか、社会主義国、途上国型も含まれる。

辻村教授は、「家族構成員の保護を理由とする権利保障型の外見を持って提示されている点で、注意が必要である。」とされ、具体的には、
(ア)国民統合・国家統制のための保護
(イ)発展と救済のための保護
(ウ)社会権を実現するための保護
(エ)権利保障やパターナリズムに由来する国家介入・保護
に分類されています。

辻村教授は、日本国憲法は(ウ)の保護を国家の責務とするとともに、(エ)について必要最小限度の介入を認めているに過ぎないとされる一方、近年の改憲論は、(ウ)(エ)の保護の形態をとりつつ、実際には(ア)の保護機能を目的とする見解について「警戒を要する」と指摘されています。

Ⅲ.共同体的家族モデル

Ⅰ、Ⅱ型のように国家と個人の二極対立構造における家族モデルとは異なって、国家と個人の中間に共同体という観念をおき、(国家ではなく)社会ないし共同体の名のもとに、中間団体としての家族の(社会・共同体に対する)責務を重視する三極対立構造型の家族モデル。
個人主義的なリベラリズムに対する共同体主義(コミュニタリアリズム)や共和主義(リパブリカリズム)の影響を背景とする。
憲法学上、いわゆる「新たな親密圏の構想」にリンクする立場。

本書では明確に示されていませんが、いわゆる政治哲学における現代正義論のM・サンデルに代表される議論の影響がみられると思われます。

しかし、辻村教授によれば、近年の改憲論(脱・男女共同参画社会論、性別役割分業論、と特性論などを思想的基盤とする)は、Ⅱ型の国家主義的家族モデルのカモフラージュであると分析しています。

家族論の再構築と24条論

辻村教授は続けます。

今後の家族論の理論的課題として、従来の国家主義的家族モデルにおけるジェンダー・バイアスを除去してゆくことが求められる。すなわち、上記のⅠ・Ⅱ・Ⅲ型の3つのモデルのうち、日本国憲法24条は、性差別等を内包していたⅡ型(とくに戦前の家制度に認められる国家的統合機能)を排して両性の本質的平等と個人の尊厳を基調とするⅠ型を選択したものであったと考えられる。ただし、社会国家・福祉国家としてⅡ型に含まれる社会権保障を否定するものではないため、これが男女平等や公序の名による自由の侵害を引き起こさないように注意しつつ、Ⅰ型をさらに徹底することが必要となる。
P.60~61
またこれと並んで、国家と個人の二極対立構造をこえた三極構造型の共同体家族モデル(Ⅲ型)にシフトするという展望も考えられる。ここではいずれも、ジェンダーの視点から両性間の性差別・不平等をなくし、対等な当事者・契約主体として男女の役割を改変し、シャドーワークや性別役割分業を改廃してゆくことが前提となる。その上で、Ⅲ型においては、(Ⅰ型の幸福追求の視点よりも)むしろ子供や高齢者等のケアを提供する場としての家族の意義を強調してゆくことになろう。
P.61
ただし、実際には、上記Ⅰ型やⅢ型に比して、Ⅱ型の国家主義型が依然と重要な位置を占めているため、公序ないし国家統合装置としての家族から個人の幸福追求の場としての家族への現代的変容が重視される。そこでこれまでみた諸国の家族モデルとその変容過程を概観し、比較憲法史的な観点をふまえて、この現代的家族観を「時代先取り的」に容認している日本国憲法24条の意義を明らかにすることが必要となる。
同上
日本国憲法24条は、近代家族に内在する家父長制的な性差別などの限界を克服して、個人の尊厳と両性の本質的平等を基調とした点で先進性をもっており、先進資本主義憲法型(社会国家型)の現代憲法における個人主義的家族モデル(Ⅰ型)を採用したものとして大きな意義を持っている。
P.61~62
憲法24条は、封建遺制を払拭すべく婚姻の自由や両性平等を掲げた点で近代型家族(法学が問題にしてきた「近代家族」)を志向するものであったと同時に、個人尊重主義を徹底することによってそれをも超越する「超(脱)近代的」で多様な現代家族(ここで問題にする「現代家族」を許容しうる時代先取り的性格をもっている。それは、形式的平等の建前の下で形成された「近代家族」における女性支配構造(資本制と家父長制による階級支配と性支配)等の限界を克服して、男女の実質的平等と個人尊重・自律を確保しうる現代憲法原理に支えられている。このような見方を含めて、今後、家族法学や法社会学、社会学等の間で整合的な理解を得るための学際的な議論が進展することが期待される。
P.87
さらに、近代型家族の矛盾ないし限界の克服(いわば、現代憲法下での現代型家族の構築)の処方としての2つの「現代家族」の選択肢――家族に対する国家保護の徹底(いわば家族の社会化)の方向と、団体主義・家族主義に対抗する個人の自律と平等の徹底(いわば家族の個人化)の方向――のうち、日本国憲法が後者を選択したことを重視して、憲法24条と13条の関係について理論的検討を深めることが求められる。というのは、個人主義原理に貫かれた憲法24条のもとでは、同党の権利をもった夫婦を単位とする家族が理想とされ、女性(妻)の権利・地位の強化がめざされた。このことは、「前近代的「家」制度の否定が、それに続く近代市民家族にとえどまることなく、女子差別撤廃条約に表現されている今日的な家族理想への展望も含んだ」点で、24条が時代先取り性をもっていたことを示している。近代原理としての個人主義の徹底によって「近代家族」を克服する内容をもちえていたということである。そして、近代家父長制家族のなかで性的従属と性別役割分業を強いられてきた「産む性」としての女性に対して個人の(人間としての)尊厳――「産む性」からの解放や出産についての自己決定権――を認めたことは、女性の人権にとって重要な拠点を与えたものといえる。
P.87~88
同時に、このような個人の人権の徹底によって、法的に制度化された家族(法律婚主義)事態を内部的に崩壊させる要素を胚胎していたことも否定しえない。憲法制定直後に家族法が改正された当初は、一方では、旧来の家制度を廃棄しつつ、他方では、この「危険」を避けるために、法律上の婚姻に基づく「正規の」家族を保護し、戸籍筆頭者としての夫とその「正妻」と嫡出子によって維持される家族をモデルとした。いわば、「個人の尊厳・・・・・を核心とする日本国憲法のもとでふさわしい公序を家族生活に強制する」という機能を、憲法24条と家族法が営むことが期待された。しかし、昨今では、こうした家族制度の枠外にある自由婚(フランスでいうunion libre. 日本の内縁等)を選択する自由や婚外子の人権などが強調されることによって、この枠自体の見直しが余儀なくされている状況にある。
P.88
日本の憲法学では、戦後の家族をめぐる議論において、当初は憲法24条を「消極的な自由権的人権を保障するにすぎない」と解する傾向が強かったが、1960年代後半からは、マルクス主義法学の影響のもとで、憲法24条自体あるいは24条・25条を統一的に把握して社会権的に理論構成する見解も登場した。しかし、全体として、同条の位置づけと家族に関する憲法理論的研究は十分ではなかった。その理由は、家族の問題を「憲法上分析する際に必要となる権利論の多くが、まだ十分に開拓されていない領域のものであった」点に求められた。ところが1990年代以降になると、その分析に不可欠とされる憲法13条の自己決定権の研究も進展をみせ、憲法13条と24条・25条の相互関係や公共性論との関連で、家族をめぐる憲法上の理論的課題を明らかにする試みが進められた。
同上

今日はここまでにします。
非常に長くなっておりますが、明日、いよいよ辻村説を提示します。

(つづく)

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