水野家族法学を読む(9)「家族法理論はどのように実務に反映されているのか」

今日は当地は蒸しましたね。。。
東京五輪の問題もあって、不快指数がいつも以上に感じます。
foresight1974 2021.06.01
誰でも

こんばんは。
今週から、「法学教室」2021年6月号を題材にして、水野紀子白鴎大学教授の論文をいろいろ読み漁っていきたいと思います。

実は、先週金曜日(5/28)に手に入れたばかりで、今日(6/1)なので、あまり読み込んでいないのですが。。。そこは頑張ります。(精神論)

今月号は難しいです!!

<参考>水野紀子「日本家族法を考える 第3回 家族観と親族を考える」(法学教室2021年6月号 P.107~113 有斐閣)

日本家族法の父と現代家族法の父

学説には、通説や少数説、さらに有力な少数説、極少数説などという呼び方がある。基本的には採用する学者の数の多寡による表現であるが、最も多くの学者が採用する学説が必ずしも通説とは限らず、主唱者の権威によって通説が決まる傾向がある。民法学界でその学説が通説となる、民法学のミスター通説は、いうまでもなく我妻栄(1897-1973)であった。現存する学者はもはや誰もとらない学説であっても、我妻説がいつまでも通説として表記されるほどである。我妻栄が亡くなってから、すでに半世紀近くが経過しているが、依然として我妻説に代わるミスター通説は出現していない。そして家族法学界でその地位になるのは、「現代家族法の父」といわれる中川善之助(1897-1975)である。
水野紀子「日本家族法を考える 第3回 家族観と親族を考える」法学教室2021年6月号(有斐閣)P.107

中川の指導教授は穂積重遠。東京帝国大学教授のちに最高裁判事となり。この尊属殺人事件の最高裁大法廷判決に登場します。

穂積は男女平等思想を持つ啓蒙的な法律家であったが、直接的に理想を実現する家族法改正を提案したり解釈学を提唱したりということではなく、社会の改善による漸進的改革を目指した人物でした。
これに対し、中川は、明治民法の家制度を換骨奪胎する解釈学を志向します。
この違いは、穂積は主に大正期に活躍した学者であったのに対し、中川は戦後民法の改正にも主導的役割を果たすという、時期的な違いがあったのかもしれません。

その核心的な理論が「身分行為論」でした。

P.107からの水野先生の解説が難解な入り方なので、少し解説を試みます。
身分行為とは、身分上の法律効果を発生させる法律行為(例えば婚姻の意思表示)をいいます。
すでにみてきたように、日本の家族法は戸籍法と密着しており、こうした法律行為の効果をが発生するには、届出(創設的届出)が必要となるケースが多いです。そのため、財産法の法律行為と異なり、要式性を1つの特色とします。
また、身分行為には財産上の法律行為と異なり、高度な能力は要求されないとしています(たとえば、未成年者の婚姻など)。これも、1つの特色です。
また、身分行為には本人の意思が優先され、その意思表示の結果、第三者が損害を被るとしても民法94条3項のような保護規定の適用は受けない、とされています。

なぜ、財産法と違う独自の法律行為を定立する必要があったのか、については、次回以降に詳しく(頑張って)紹介しますが、ざっくり解説すると、中川は、指導教授の穂積同様、明治民法のシステムの中で、また、それが引き継がれた戦後民法においても、弱い立場にある女性をどう保護すべきかについて考え抜いた結果の理論であったということです。

離婚無効や内縁準婚理論は、昭和33年の最高裁判決をはじめとして、「ほとんど最高裁の採用するところとなった」(P.108)と水野先生は解説します。

中川が戦後改正を担当したこともあって、戦後の家族法実務の多くは、中川理論で動いてきたといってもよいだろう。それは、中川理論は、19世紀末まで民法というものを知らなかった日本人の伝統的な常識と合致したところがあったからである。
同上P.108

身分行為論の評価

我妻栄と中川善之助の仕事を対比して、私は、次のように書いたことがある。「財産法において我妻法学が果たした役割と家族法において中川法学が果たした役割とには、決定的な差があったと考える。我妻法学のそれは、見通しのきかない荒れ地を一面にブルドーザーで耕して見晴らしのよい耕地にするような業績であった。ひかくすると、中川法学のそれは、荒れ地を実際に耕すことはそれほどなく、それよりも便利な通路を見つけ出すことに熱心であったもののように思われるのである。」(後略)
同上P.108
自由と平等のように対立矛盾する諸価値を両立させ、共存のルールを構築する民法という実定法を、日本に根付かせようとするよりも、中川のヒューマニズムが表に出る解釈論が、中川理論であったのではなかろうか。
同上P.109
家族法学においては、財産法学におけるような法解釈学の研究は、比較的低調であった。学者よりむしろ家裁実務家が、実務の必要性から解釈を形成していく実務依存の傾向が強かったといえよう。
同上P.109

家族法論・家族観の対立

ここでは、水野先生は、4月号に登場した星野英一と、大村敦志東京大学名誉教授の分類を紹介しています。

【星野英一の家族法論の分類】
①一般の人々の間にかなり存在して(残って)いるとみられる、古くからの家意識
②戦後の民法学者の多数が採る、啓蒙主義的家族法観
③最近のいわば「新しい」家族法観
④明治以来十分に理解されないままできた西欧の家族法・家族観を見直し、それと意識的・無意識的に存在する家族法観とを対比して、今後の家族法を考える基礎を確立するもの

【大村敦志の分類】
①少なくともいったんは家族を個に解体する立場(ポストモダン)
②未だ実現されていない夫婦家族を改めて意識的に引き受けようとする立場(プロトモダン)
③「「日本的福祉社会」を支える家族の役割を再評価しようという立場(アンチモダン)

この解説はひっじょーに難しいのですが、ここでは水野先生が星野の④、大村の③の立場に立っていると自認されている、ということをご紹介するにとどめます。

こうした家族法観の対立は、単に学者の理論的な議論だけにとどまらず、2018年の相続法改正の特別寄与料の立法にもあらわれている、と水野先生は指摘されます。(P.110)

親族とは何か

今月号の後半3ページでは、いよいよ家族法の中身の解説に入っていきますが、博識な水野先生らしく、様々な分野の本を紐解きながら、家族や親族のあり方が、それぞれの社会の伝統によってさまざまである事実を浮き彫りにします。

また、今の日本の親族の範囲が、家制度を引き継いだセーフティーネットの役割を担うことを期待されながら、それが十全に果たされていない苦い現実も。また、率直に語られています。

親族の章にある効果を規定する730条「直系血族及び同居の親族は、互いに扶け合わなければならない」は、戦後の改正時に付け加えられた条文である。戦後改正は、家制度否定したが、当然ながら保守派による抵抗は強かった。憲法改正の段階で、保守派は憲法24条に家族の尊重義務条項を入れようとしたが失敗し、民法改正での敗者復活戦(?)で、主に牧野英一が「親孝行」を盛り込んだ条文を主張して入った条文である。しかし我妻栄や中川善之助はこの条文に批判的であり、扶養義務を意味するものではないと確認し、立法後もj民法の信義則以上のいみはないとする我妻や中川の理解が通説化した。しかし家事調停の現場では、保守的な調停委員が好んで引用して説得にあたっていたようである。問題が多い条文であることは間違いない。
同上P.113

(この連載続く)

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