民法学の第一人者は、なぜ離婚後共同親権「反対」に転じたのか(1)「告解」
2020年2月17日
東京・恵比寿。
晴天になると、まだ厳しい寒さになる時期です。
当日、体調がすぐれなかった私は、妻の付き添ってもらって、日仏文化会館ホールの後方の席に身を沈めていました。
午後6時半から始まった、
「関係の破綻した夫婦と子の法的関係を考える ―共同親権問題を中心に」
と題されたセミナー。
満員の聴衆のほぼ90%が男性。
ちらほら、あの駐車禁止を模したような「子の連れ去り」を非難するステッカーを目立つところに貼った方も見受けられます。
彼は、前半、賛成派の金塚綾乃弁護士、井上武史関西大学教授の講演に割れんばかりの拍手を送る一方、反対派の木村草太東京都立大学教授の講演には、露骨な沈黙、拍手もパラパラとまばらにしか送らない。
「怖い株主総会やな。総会屋ばっかりや。」
と傍らで妻が苦笑する。
午後8時すぎ。
討論のコーナーに移るころには、少し汗ばむ、苛立ちを含んだ空気になっていました。
賛成派の金塚氏・井上氏と反対派の木村氏が、ネット言論に負けず劣らずの辛辣な言葉の応酬を繰り広げていた刹那、反対派の一人として参加されていた、水野紀子東北大学名誉教授が、このように口を開きました。
条文766 条の改正で面会交流という言葉を入れちゃったのですけれど、この所の改正の議事録を見て頂くとですね、「せめて条文に一言位は入れましょう。」と言っちゃった人の名前が書いてある。私なんですが。でも、これは私、実を申しますと、後悔しております。日本の家庭裁判所がこの条文になった時に非常に形式的にこれを運用するようになった。私はよもや、そこまで形式的に運用するとは思わなかったというのがありまして、育児支援が圧倒的に足りない、圧倒的に足りないのは育児支援なのに、圧倒的に外的支援がたりない所でギリギリどっちがいいかという議論をしている。そういう意味で法律論の議論をしにくい状態が固定化した。
しかし、言葉はまたたく間に押し流されていきました。
今でも思い返します。
長く法制審議会で名を連ね、法を変えることの怖さと危険性を身をもって知る、そして現在、民法学の第一人者といってよい、学者の小さな懺悔を、あの時どのくらいの人が、この言葉の重さを受け止めただろうか、と。
2021年8月31日
法務大臣の諮問機関、法制審議会家族法制部会は、「離婚後の子の養育への父母の関与の在り方に関する論点の検討」を行った、と法務省HPで公開されました。
事実上始まった、離婚後共同親権の導入議論。
委員として、そのさなかにおられる水野先生は、今、何を思っておられるでしょうか。
戦後最悪の民法改正になりかねない、危険な議論の機先を制すべく、すでに水野先生は、第1回会議(2021年3月30日)の席上で、早々と離婚後共同親権に反対の立場を鮮明にしました。
※議事録ではP.15に該当発言があります。
今では反対派の心強い味方にみえる水野先生ですが、実は、10年ほど前までは、離婚後共同親権に賛成であり、導入にあたっての条文案すら発表していました。
その内容については、以下の連続ツイートで概要を公開しています。

”現実的な”離婚後共同親権とは何か
民法学の第一人者が考えていること
ー第2次家族法作業部会 水野論文を読むー
(2020.2.11)
しかし、この10年の間、水野先生は反対論に立場を転じておられます。
なぜ、立場を変えたのか。
実は、水野先生のこの立場の変更は、アカデミズムの世界でいう「改説」とは、若干、意味合いは異なっています。
水野先生は、その長い研究生活において、自身の学説を変更したことは殆どありません。
当ニュースレターの連載「水野家族法学を読む」では、すでに20本近い水野論文をご紹介していますが、現在、「法学教室」で連載されている内容と、数十年前の論文とを比較しても、その論旨はほぼ一貫しています。
明確に賛成→反対に立場を変更したのは、この問題だけです。
それだけ際立っている。
そして、立場の変更にあたって、その基本的な視座であったり、着想といった根本的思想にかかわる部分には、ほぼ変更していません。
結論だけ変わっているのです。
なぜなのか。
連載にあたって
今回、コロナ禍で資料収集が難しい状況下、1980年代から2020年までの水野先生の関連論文・記事・コラムなどを約30件ほど集め、目を通し、分析し、水野先生のこの問題に関する立場の変化を読み解くことに挑みました。
この立場の変化の経緯を読み解くことで、日本の民法(家族法)が抱えている、構造的・本質的問題が改めて浮き彫りになるのではないかと、私は考えました。
また、こうした論文分析は、民法学の第一人者として名高い、水野先生が打ち立てられた水野家族法学の根幹を明らかにする一助になるものとして、学術的価値が認められるものと考えています。
今後、全体で7~8回ほどの連載を、数日おきに発信していきたいと考えています。
離婚後共同親権の問題にご関心のある方の一助になれば幸いです。
<次回>

【注記】
水野先生の発言(再現)の掲載にあたっては、2020年2月17日に日仏会館で開催されたシンポジウムの内容を、参加者数名が個人的に記録し、相互にシェアしたものをforesight1974の責任において再現し、水野先生が発言したとされるものとして掲載しています。
内容は日仏会館より公表されていないものですが、重大な公益性があると考えており、foresigh1974個人の責任において公開しています。
当該再現部分は、個人の努力と誠実さが及ぶ限りの正確性を期していますが、完全なものではありません。
なお、当該再現部分を含め、本記事の文責は全面的にforesight1974が負っています。
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