民法学の第一人者は、なぜ離婚後共同親権「反対」に転じたのか(2)「視座」

水野紀子東北大学名誉教授の離婚後共同親権に関する議論の軌跡を追った連載第2回。離婚問題に対する水野先生の視座に迫ります。
foresight1974 2021.09.07
誰でも

水野先生の離婚後共同親権に関する議論を追って、今回、水野先生のHPから30本ほどの論稿をリストアップし、1980年代から順次取り寄せてみました。

嚆矢となったのは、1983年の「離婚給付の系譜的考察」(法学協会雑誌100巻9号・12号)からですが、本格的・体系的に離婚問題を論じ始めたのは、1984年の「離婚」という論文からです。

しかし、この時点ではまだ、水野先生は、離婚後共同親権の問題に正面から触れていません。

実はこの後、離婚に関連する論稿を何本も著しているのですが、2000年代に入るまで、水野先生がこの問題に正面から言及したことはないのです。

水野先生が離婚後共同親権に本格的に取り組むことになる活動については、次回ご紹介することにして、そもそも、水野先生が日本の離婚法制にどのような問題意識を持っていたのか、その視座に迫りたいと思います。

<参考文献>
水野紀子「離婚」(星野英一編「民法講座7」有斐閣143-164頁)(1984年)

発表年にご注意いただきたいのですが、1984年というと、離婚法制の重要判例ともいうべき、有責配偶者からの離婚請求に関する最高裁大法廷判決や、子連れ別居に関する人身保護請求訴訟に関する、平成5年の最高裁判決などは、まだ登場していません。

しかし、水野先生の問題意識はその後約40年、ほぼ一貫しています。
水野先生はそれだけ、普遍的な問題意識と思想をこの時期から確立していたことがうかがえます。

前掲論文では、協議離婚と裁判離婚に分け、まず協議離婚の問題性を一方的な離婚届や仮装的な離婚のケースなどを取り上げ、司法のチェックが欠落したそのお手軽さによる問題点を指摘しています。

離婚無効確認の訴を提起することや不受理制度が、一方的届出による離婚を可能にする協議離婚制度の欠陥を部分的に修復する役割を果たしていることは否定できない。しかし、前者は提訴という手段の困難さやいったん戸籍上に記された身分関係を事後的に覆すことの問題をもち、後者は、例外的予防手段にすぎないし、また離婚届を無効にできるほどの強力な届出を新たに認めることは届出制度のもつ矛盾を再生産するものとも考えられる。現行の協議離婚制度が実効的な離婚意思の確認機能をもたないことが問題の根本にあって、それが解決されない限り、当事者の意思に反した届出によって既成事実となった離婚を弱い立場の配偶者がやむをえず追認させられる危険は、今日でも依然として大きいといえよう。
前掲論文P.146~147
仮装離婚の根本にも、実体を伴わない離婚を形式上有効になしうるような簡便な協議離婚制度の存在があり、離婚成立時に離婚意思を確認するための届出以外のなんらかの手段(裁判所の関与や一定期間の別居等)が設けられなければ、仮装離婚という問題も完全には解決されないといえるだろう。
前掲論文P.148

裁判離婚制度については、精神病離婚と有責配偶者からの離婚請求のケースで、その問題性を指摘しています。

精神病離婚のケースでは、従来より裁判所が、770条1項4号の「回復の見込がないとき」を厳格に解したり、2項の裁量棄却の積極的行使したりして、精神病離婚の請求を制限することに積極的ですが、水野先生は、その解釈の方向性が問題を自助に押し込めていることを指摘します。

現行法では、判例のいうように看護や生活の方途を保障させるとしても、配偶者が「支払をなす意思があることを表明している」ことを認定するしかなく、具体的手段としての民法の財産分与の規定は不十分なもので、その履行を確保する手当てもない。精神病離婚の解決のためには、社会保障法とも関連した総合的な立法の見直しが必要だともいわれるゆえんである。
前掲論文P.153
さらに本来ならば協議をする意思能力のない精神病者の離婚はすべて裁判離婚によらねばならないはずであるが、現実には世間体や子の将来への配慮等から健康な配偶者と精神病者の親族の相談で協議離婚の手続をとることが多い。裁判所が精神病離婚の成立を厳格に解釈しても、協議離婚という形式でいわば法の保護の網の目からこぼれおちて行われる離婚を救済する手段とはなっていないことも考慮しなければならないだろう。
同上

そして、有責配偶者からの離婚請求については、次のように述べます。

離婚裁判の傾向としても、破綻に至るまでの当事者の結婚生活の経緯をあらゆる要素にわたって詳しく事実認定した上で総合的に判断することが一般になっている。しかしこの傾向は公開の法廷でプライベートな事実を制限なく開示させることにより、夫婦間の紛争を長期化・激化させているという批判を招いている。
前掲論文P.156

水野先生は、これらの事案分析から、結論的に次のように問題を指摘します。

日本離婚法の特徴は、裁判離婚に至るまでの手続、特に協議離婚の段階では当事者の「合意」の自律性を最大限に認めるが、これに対して裁判離婚に舞台が移ると、当事者の「合意」にかわるものとして裁判官の「裁量」にすべてがゆだねられる構造になっている点である。離婚給付や子の処遇も含めてすべての当事者の「合意」にまかせて届出だけによって成立する協議離婚は、裁判所の監督・確認を受けず一定期間の別居すら条件としないもので、比較法の観点からみても例外的な極めて自由な離婚方式である。そして、「合意」が成立しない場合は、家庭裁判所の調停機関による調停にまわることになるが、調停機関はあくまであっせん行うにとどまり離婚の合意に達するかどうかは当事者の任意に任せられる。調停で合意に達せず、家庭裁判所の審判にも一方当事者が応じなければ、離婚訴訟を起こすことになる。そして日本民法の定める裁判離婚は、離婚原因の判断に裁判官の裁量権を大幅に認めている。
前掲論文P.159
このように離婚手続を通観すると、当事者の合意が得られれば簡単に離婚が成立するが、一方当事者が離婚に同意しなければ離婚の成立は非常に難しくなる構造になっている。また離婚に伴う経済的処置や子の監護については、法律はほとんど内容を拘束せずに当事者の自由な処分にまかせている。この構造を形式的にみれば、夫婦ごとに実に多様でプライベートな性質をもつ離婚という事件の処理にふさわしい方法として、離婚に対する当事者の意思を最大限に尊重する方法を採用していることになり、柔軟性とともに一貫性・合理性をもった構造であるということもできよう。しかしこの構造が合理的であるためには、当事者が実質的に平等であり、完全に自由な意思に基づいて自己の権利を主張することができることが前提として必要である。離婚法の問題は、現実には多くの場合決してそのような前提がみたされていない点にある。婚姻の保護を奪われる弱い配偶者(多くは妻)と未成熟子の保護を、法は考えねばならないのである。この完全から考えてみると、離婚の決定や離婚に伴う処置について、当事者の「合意」に、また裁判離婚では裁判官の「裁量」にほとんど全面的にその決定権や内容をゆだねている日本法は、それぞれの離婚方式ごとに問題をはらんでいる。まず協議離婚では、弱い配偶者が不利な条件で離婚を受諾する危険ばかりか、離婚を合意する意思すらないうちに離婚されてしまう危険がある。協議離婚は離婚の自由を最大限に認める離婚方式であるが、その自由は強い配偶者にとってのみ離婚の自由を意味することになりがちである。そして逆に裁判離婚では、事実審理に基づいて裁量するために公開の法廷で夫婦のプライバシーがとめどなく暴かれることの問題があるほか、裁判官の価値観によって、当然認められてしかるべき離婚請求権が否定されて最小限の離婚の自由すら奪われる危険がある。
前掲論文P.160

こうした、日本の離婚法は、明治民法の家制度の構造を受け継いでいることを指摘する一方、欧米の離婚法は、慎重な議論と準備の末に実行され、婚姻家族の尊重と離婚の抑制、夫婦間の未成熟子の保護、弱い配偶者の保護等、さまざまな立法的工夫をこらしていると評価されています。(P.161)

欧米の離婚法と比較すると、日本の離婚法は、離婚そのものについての手続と、離婚給付をはじめとした離婚に伴う処理についての手続とが原則として切り離されたものとなっている。日本の協議離婚制度の存立基盤であった「家」制度は、同時に離婚された配偶者を保護してその扶養を荷う実家を提供するものでもあったが、「家」制度は戦後法律上廃止されたばかりではなく事実上も解体がすすみ、婚姻家族の崩壊はひょわい配偶者の生存を直接脅かすものとなっている。離婚法が弱い配偶者と未成熟子の保護を目的とするならば、離婚そのものについての手続と離婚に伴う処理についての手続をとを有機的に結び付けて立法的に妥当な保護の方法をはかる必要がある。(中略)弱い配偶者や子の保護の観点から離婚の形式的な自由を制限することが、反面、弱い配偶者に離婚の実質的な自由を保障することにもなるからである。
前掲論文P.162

この家庭内の弱者保護(公的介入)が家族法の本来的目的である、という水野先生の主張は、その後も何度も登場します。

では、離婚後共同親権は、家庭内の誰を弱者として守るものだと思っていたのか?
それは、次回、ある判例を題材に明らかにしたいと思います。

<次回>

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