憲法24条研究ノート(3)女性の権利は二度消えた

GHQが草案を作成し、きわどい綱渡りを経て誕生する憲法24条。
それは"押し付け”とは程遠い、闊達な議論の結果で誕生したものだった。
foresight1974 2021.06.02
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先週のニュースレターで、辻村みよ子東北大学名誉教授の、憲法24条の制定過程が「押し付け憲法論」への1つの反論材料となる、という見解をご紹介しておりますが、これに関連して、もう1つ、別の人物からの視点からの反論材料をご紹介したいと思います。

加藤シヅエ。
日本史上初の女性議員39人のうちの1人として名を連ねた女性政治運動家であり、当時は社会党に所属していました。

前回もご紹介しましたが、1946年6月26日、帝国議会における憲法改正案の審議が始まると、首相の吉田茂は「戸主権、家族、相続等の否認はいたしませぬ」と答弁し、保守派議員の懐柔を図ります。

しかし、7月6日、帝国憲法改正案委員会において、加藤は指弾の矢を放ちます。
「現行民法第四編第二章ニ現ハレテ居リマス所ノ「戸主及ヒ家族」ノ条項ニ現ハレマシタ所謂家ノ観念其ノ他現行民法相続編、親族編ガ網羅致シテ居リマス所ノ日本ノ家族制度ノ法律的ナ色々ノ規定ハ、草案二十二条ノ条文トハ甚ダシク矛盾シテ居ル」と指摘し、「随テ改正憲法草案第二十二条ハ今マデノ封建的ナ家族制度ヲ民主的ナ新シイ家族制度ニ変革スベキ法的基準ヲ示スモノト理解シテ居リマス」と述べ、国務大臣金森徳次郎に見解を質します。
金森は「御説ノ通リ」と述べ、改正憲法22条(のち24条)は「主政治ノ発達ヲ目的トシテ居ル規定」であり「改ムベキモノハ改メナケレバナラヌト考ヘテ居リマス」と答弁し、加藤は見事に修正を引き出しました。
辻村教授この点、「封建的な家族制度を、民主的な新しい家族制度に変革すべき法的基準を示す」という意義を再確認させた、と評価されています。(辻村みよ子「憲法と家族」日本加除出版P.82)

さらに加藤は熱弁を振るいます。

女性ニ於キマシテハ、妊娠ト出産及ビ育児ト云フ特殊ニシテ重大ナ使命ヲ持ツテ居ルモノデゴザイマスカラ、法律的ニ平等ガ認メラレテ居ルノト同時ニ母性ノ保護ト云フ此ノ思想ガ条文ノ中ニハツキリト認メラレテ居ラナケレバナラナイト私ハ考ヘマス此ノコトヲ具体的ニ申シマスナラバ、第二十五条ニゴザイマス所ノ勤労ノ権利ニ関スル規定ノ中ニモドウシテモ女性ノ此ノ特殊性ヲ認メマシテ、妊娠、出産及ビ育児ノ諸問題ノ特別ノ保護ニ関スル条文ガ明記サレナケレバナラナイト存ジテ居リマス
帝国憲法改正案委員会1946年7月6日議事録

古関彰一獨協大学名誉教授は、「実に具体的な権利主張であった。かりに婦人問題に理解のある男性議員がいたとしても、このような質問ができたであろうか。婦人参政権はみごとに生かされたといえよう」と高く評価しています。(古関彰一「日本国憲法の誕生 増補改訂版」岩波現代文庫 P.364)

この加藤の熱弁に対し、厚生大臣河合良成は鳥をたとえに出して、憲法と法律の役割の違いを強調し、加藤の主張は、法律に書き分けられるべき旨の答弁でかわしました。
加藤は納得しません。

単ニ此ノ憲法ノ条文ノ上ニハ機械的ニ男女ガ平等デアルト云フ風ニ、書カレテ居リマスノデハ、本当ノ意味ニ於テ、実際ノ生活ニ於テ平等デアリ得ナイノデゴザイマス
同上

と憲法上の女性保護の不備を指摘します。

加藤だけではなく、後に武田キヨ(自由党)が続きます。
7月17日の議事録より。

殊ニ女性ノ立場カラ申シマスト、年ヲ取ツテ参リマスト次第ニ体力モ衰ヘテ参リマス多クノ場合ハ男性ヨリ女性ノ方ガ早ク性欲生活ナドノ方モ打切ラナケレバイケナイト云フコトハ事実デゴザイマス、サウシテ男性ガ其ノ目的ヲ達シナイ為ニ、凡ユル手段ヲ以テ女性ヲ冷遇シ、時ニ其ノ家カラ出スト云フ風ナ手段ヲ執ルコトガアルノデゴザイマスガ、女子自身トシテハ経済力ノナイコトト職業ニモ無能力デアル、サウ云フ風ナ点デ生活ノ脅威ヲ殆ド何時モ与ヘラレルヤウニナルノハ、是ハ老年ノ女性ノ多クノ持ツ傾向デゴザイマス、婚姻生活ト云フモノニ対シテ憲法ガハツキリ之ヲ保護スルト云フコトヲ私ハ附加ヘルコトガ当然デハナイカト思フノデゴザイマス、此ノ点ニ付キマシテ御意見ヲ伺ヒタイト思ヒマス
帝国憲法改正案委員会1946年7月17日議事録

性欲とはきわどい表現ですが、要は当時、女性が年を取ったら、若い女性に挿げ替えるために婚家を追い出される現状があることを指摘しています。
これに対し、国務大臣木村篤太郎は、「虐待」に当たると答弁。

さらに続きます。

勿論結婚カラ母性ハ生ズルノデゴザイマスケレドモ、併シ私ハ本当ニ日本ガ平和国家トシテ立チマスノニ、殊ニ文化国家トシテノ日本ノ将来ヲ負ヒマスノニ、手前味噌ヲ言フノデハゴザイマセヌガ、母性ノ立場ト云フモノハ非常ニ重大ダト思フノデゴザイマス、而モ母デアル為ニ、子供ヲ持ツテ居リマス為ニ、唯一個人トシテ行動スルコトガ出来ナイ乳房ニ子供ヲ何時モ付ケテ居ラナケレバイケナイ、其ノ為ニ母親ガ個人トシテノ権利ヲ行ヒ得ナイコト、自由ヲ行ヒ得ナイコトガ度々ゴザイマス、且ツ此ノ憲法ニハ子供ノ養育ノコトハ何時モ書イテゴザイマセケヌレドモ、子供ノ養育ト云フコトニ付キマシテモ、或ハ更ニ男ト女トノ間ニ婚姻ノ形ニマデ行カナイ交渉ガゴザイマシテ、ソコニ私生児ガ設ケラレマシタ場合ニ、其ノ養育ノ負担ハ全部母親ニ掛ルノデゴザイマス、或ハ寡婦トナリマシタ時ハ勿論サウデゴザイマスガサウ云フ風ナ場合、一般ニ申シマスト尚ホ妊婦、産婦、ト云フ風ナ者ニ付テハ、是ハ私ハ簡単ニ唯婚姻カラ発スル母ト云フ状態ト云フノデハナクテ、国家ノ方デ積極的ナ法律或ハ施策ノ下ニ保護ヲセラレルコトガ当然デアルト思フノデゴザイマスガ、如何デゴザイマスカ
同上

これは現代にも通じますが、女性への育児の押し付け、家事負担があることを念頭に、女性を保護する条文が憲法上欠けていることを念頭に、法的な保護の必要性を主張しています。
これに対しては、国務大臣木村篤太郎、厚生大臣河合良成らが当時制定を進めていた母子保護法で保護を図る旨、答弁が引き出されています。

武田の主張は、どちらかといえば女性のみの母性保護であり、「これまでの社会構造の変革を企図するものではない」(川口かしみ十文字学園女子大学講師)という評価もありますが、それまで可視化されていなかった女性の権利問題が、女性議員が議会に進出することで可視化された意義は評価されていいのではないでしょうか。

こうした議論を経て、社会党は政府案全般に対する修正案を準備します。
有名なのは、「健康で文化的な最低限度の生活」につながる修正案がありますが、その他に、現在の労働基準法に受け継がれる休息や労働時間の制限、生活の安全を保証する権利、そして、「戦災その他による寡婦の生活」を保護する修正案が盛り込まれていました。

ところが、8月1日、社会党は自滅します。

書直シタノガ是デアツテ、サウスレバ後ノ方ノ休息権モ、老年、其ノ他疾病トカ云フコトモ皆省イテ宜イコトニナル、ソレダカラ斯ウ云フヤウニ直シタノデアリマス
1946年8月1日衆議院帝国憲法改正案委員会小委員会議事録より

発言の主は何と鈴木義男。
近年、憲法9条の文言制定に大きな役割を果たしたことが分かり、再評価されている政治家ですが、この時は、「健康で文化的な最低限度の生活」という修正案が通ったことに安心しきったのか、一大妥協に出てしまいます。

その後は、この文言のやり取りに終始してしまった鈴木ら社会党委員は、寡婦の保護を含む、多くの画期的修正案を文字通り水に流してしまいました。

古関彰一獨協大学名誉教授は「アメリカ人であれ日本人であれ、四、五〇代の働き盛りの男たちにとって、母性や幼児、高齢者の権利や休息権といった人権は共通して遠い存在であった」という無念の評価を下しています。(前掲書P.368)

***

ここまで3回に分けて、日本国憲法24条の制定過程をお話ししてきました。

軍事的敗北だけではなく、「憲法思想の決定的敗北」(古関彰一)を喫し、自分たちで民主的な憲法の構想力を持たなかった日本人たちではあるものの、帝国議会では見事に巻き返し、積極的に新憲法を受容し、発展的に創造していく姿からは、およそ「押し付け」とは正反対の印象を受けます。

また、近年の和田教授の研究成果からすると、憲法24条の制定だけでは、家制度の廃止に決定打になったとは言い難い側面がありますが、その後の民法制定などを通じて、徐々に「法制度としての家制度」が切り崩され、文字通り廃止につながっていく、大きな画期であったとはいえると思います。

ただ、これまでみてきたように、保守派政治家、法律家たちから激しい反撃を受け、妥協を余儀なくされた部分も多く、そうした点が、憲法24条をめぐる現在の判例に、大きな影を落としている側面も否めないといえるでしょう。

(この連載続く)

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