憲法24条研究ノート(2)強運の誕生劇

大幅に削られたベアテ草案の中で残された24条。
しかし、制定までは際どい綱渡りの連続だった。
foresight1974 2021.05.26
誰でも

最初は、「文章をもう少し簡潔するようにしなさい」と言われただけでほっとしたのも束の間、「各条項は次々と血祭りに上げられていった」。

一時は全面カットまで主張され、ベアテは口ごもってしまいます。代わりにロウストが反論。ワイルズも擁護論に加わりますが、ベアテが発言しようとすると今度は運営委員のラウエル中佐に先を越されてしまいます。

幾度か、断片的に発言していたが、文章にならない言葉ばかりだったのだろう。エラマンさんのメモには、私の発言はひと言も書かれていない。支離滅裂でエラマンさんが、とても困ったかもしれない。
「1945年のクリスマス」(朝日文庫)P.216
激論の中で、私の書いた"女の権利"は、無残に、一つずつカットされていった。一つの条項が削られるたびに、不幸な日本女性がそれだけ増えるように思った。痛みを伴った悔しさが、私の全身を締めつけ、それがいつしか涙に変わっていた。
同上P.216~217

近年、憲法24条や戦後民法の制定に関わる膨大な史料を調査し、「家制度の廃止」(信山社)にまとめ上げた和田幹彦法政大学教授は、この時の激論について、ロウストはヨーロッパの憲法の規定を根拠に、ワイルズも社会改革の必要性から、ベアテ案を強力に支持したものの、ホイットニーの鶴の一声で削除が決定した、と明らかにしています。

そして、そもそもシロタは、運営委員会での発言権は極めて弱く、(ホイットニー不在の)ケイディスとの会議に二回のみ。一時間程度出席しただけであり、ケイディス、ホイットニー等上司の反対意見には譲歩せざるを得なかった、と分析しています。

(参考)和田幹彦「家制度の廃止」(信山社)P.30~31

この草案の作成過程について、現在、憲法学の第一人者である辻村みよ子東北大学名誉教授は、「家族と憲法」(日本評論社)の中で「女性・子ども・弱者に対する国家保護の部分は削除された。婚外子保護条項等が撤廃されたことは、その後の民法改正動向に照らしてみれば日本にとって残念なことであったと言え、(中略)反面、これらの内容が削除されることについて、ケイディスが、「他国に新しい社会思想を押し付けることは不可能」と解し、日本の立法に待つべきだと判断した点は、その後の「押し付け憲法論」に対する一つの反論にもつながる点であろう。」と評価しています。

(参考)辻村みよ子「家族と憲法」(日本評論社)P.322~323

こうして、マッカーサー草案23条として残された、日本国憲法24条の原案は次のようになりました。

家族は人類社会の基盤であり、その伝統は、善しにつけ悪しきにつけ国全体に浸透する。婚姻は、両性が法律的にも社会的にも平等であることを争うべからざるものである(との考え)に基礎を置き、親の強制ではなく相互の合意に基づき、かつ男性の支配ではなく、(両性の)協力により、維持されなければならない。これらの原理に反する法律は廃止され、それに代つて、配偶者の選択、財産権、相続、本居の選択、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項を、個人の尊厳と両性の本質的平等の見地に立つて規制する法律が制定されるべきである。
***

しかし、この後も試練は続くのです。

続いて、日本政府の起草作業とGHQとの交渉で、マッカーサー草案23条は、日本側から内容が広汎で日本の歴史・法にそぐわないとして強く抵抗されます。
このとき、ケーディスは、居合わせたベアテを指して「ミス・シロタはこの条項に多くを期待しています。このまま通しませんか?」と言ってその場の雰囲気を和らげることに成功し、日本側も受け入れることになりました。

しかし、この表現はきわどいものでした。ケーディスはベアテは「期待している」と言っただけであり、ベアテが起草したことは日本側には伝えませんでした(日本側も知らなかった)。もし、これがバレていたら、日本側は猛烈に抵抗したはずです。憲法24条が誕生したか覚束ない展開になったことでしょう。

日本側は、マッカーサー草案23条のうち、第1文を削除し、第2文・第3文を整理、字句を整えて、次のような条文に認めました。(この時点では22条)

婚姻ハ両性双方ノ合意ニ基キテノミ成立シ且夫婦ガ同等ノ権利ヲ有スルコトヲ基本トシ相互ノ協力ニ依リ維持セラレルベキコト配偶ノ選択、財産権、相続、住所ノ選定、離婚並ビ婚姻及家族ニ関スル其ノ他ノ事項ニ関シ個人ノ権威及両性ノ本質的平等ニ立脚スル法律ヲ制定スベキコト

この後、1946年5月6日、枢密院での審議を無事通過しますが、委員の林頼三郎から家制度の廃止につながるか否か質問が来ています。

矢は放たれ始めました。

***

帝国議会に舞台が移ると、22条は攻撃の標的となります。
問題となったのは、22条(現行24条)が家制度の廃止につながるか、という点でした。

6月26日、首相の吉田茂は「目指す所は所謂封建的遺制…を払拭すること」であるが「戸主権、家族、相続等の否認は致しませぬ。」「日本の家族制度、日本の家督相続等は日本固有の一種の良風美俗であり」「(家制度の廃止は)この点に付ては特に何等規定して居りません」と答弁しました。

国務大臣の金森徳次郎、司法大臣の木村篤太郎もこれに従い、各々発言内容にばらつきはあるものの、当初は家制度の廃止まではつながらない、という点で大筋一致していました。

この後、衆議院帝国憲法改正案委員小委員会(いわゆる芦田委員会)でも、左右双方の陣営の政治家から、22条の改正案について活発な意見が交わされます。
そのほとんどは、解釈論についての議論であり、文言の大幅な修正は検討されませんでした。8月1日に、「個人の権威」が「個人の尊厳」に入れ替わる一方、社会党から提案された修正案「家族に関するその他の事項」を「家族生活に関するその他の事項」に置き換わる修正案が否決されます。
社会党の提案は資本主義から生じる不利益を被るもののための修正案として、生活権の保障と並んで、家族生活の保護をセーフティーネットとして考えていました。

この時点でも家制度の廃止が確定はしていません。
実際に委員長の芦田均は、「草案に定める趣意は必ずしも従来の家督相続、戸主権、離婚の請求権等を一掃すると云う趣意ではなく」、「勢い戸主の地位に強力な男子を据えて、家を継がせることとしたいとの意向を明白にした」とまで報告しています。

8月24日、衆議院は22条を通過させました。

しかし、貴族院に移ると、22条の解釈について閣内で意見が割れていきます。
8月28日、司法大臣の木村篤太郎はこれまでの解釈を一変させ、「家族制度は...幾多の障害を生じる」から、「改正憲法に於て、個人の尊厳と両性の本質的平等」に立脚し、「家族制度を無くしようとした」と答弁したのです。

国務大臣の金森徳次郎は、当初は衆議院での答弁を繰り返していますが、木村の答弁を受けて徐々に立ち位置を修正しはじめます。当時進行していた民法改正案を横にらみしつつ、法律の出来具合によっては「社会的な、この家族制度にも影響を受けると云う虞はある」と答弁するようになります。

当時の答弁を比較検討した、和田幹彦法政大学教授は、前掲書の中で「内閣・政府内部の亀裂を露呈」とまで評価していますが、「8月16日の司法法制度審議会と、同23日臨時法制調査会の、法的制度としての「家」制度は廃止する、という内容を持つ決議が内容上も、また時期的にも引き金になって、8月28日以降、木村が答弁内容を変えた、と見るのが自然だろう」と分析しています。

しかし、この答弁の変遷は保守派議員から修正案の要求を次々に招くことになります。
10月2日、同和会に所属する田所美治が「家族生活は之を尊重する」という修正案が提起されます。これは先の社会党案とは趣旨が異なり「国体観念の基礎となる家族主義」を擁護するためのものであり、忠孝は「我が国体の精華」だとするものでした。
この修正案は、起立者少数で否決。
この直前、研究会所属の松村真一郎が「"親"及び家族に関するその他の事項」という修正案を提出。親の権利の優越性を解釈の中に入れようという発想とみられますが、これも起立者少数で否決。
最大の危機は貴族院本会議の最終日に訪れます。このとき24条に移っていた改正案について、保守派議員の牧野英一が「家族生活は、これを尊重する」という一文を冒頭に加えようとしたのです。記名投票に持ち込まれた採決は、賛成165・反対130。賛成が上回ったものの、憲法案の改正に必要な特別多数(3分の2)に届かず、かろうじて否決されたのです。

(参考)和田幹彦「家制度の廃止」(信山社)P.19~131

ベアテが真冬のさなか、夜なべして構想した女性の権利は、いくつかのきわどい綱渡りを経て、強運にも生き残りました。
しかし、その理想がどれだけ残されたのか。

辻村みよ子東北大学名誉教授は、前掲書の中で次のように述べています。

結局、日本国憲法制定過程では、保守派議員らの日本型家父長家族「天皇のお膝元に大道が通じている」日本国の国体としての天皇制家族制度擁護論と、左派議員らの社会国家型の家族保護論を同時に排除する形で、「家」制度の否定による近代化・民主化が志向されたことが理解される。いわば左右両派の攻勢に対する妥協として、個人尊重主義を基礎とした画期的な憲法24条が成立したのであった。
辻村みよ子「家族と憲法」(日本評論社)P.83

(この連載続く)

(参考)
記事中に挙げた文献のほか、古関彰一「日本国憲法の誕生」(岩波現代文庫)

無料で「Law Journal Review」をメールでお届けします。コンテンツを見逃さず、読者限定記事も受け取れます。

すでに登録済みの方は こちら

誰でも
水野家族法学を読む(30)「離婚/離婚訴訟に関する法的規整を考える(1...
誰でも
水野家族法学を読む(29)「離婚法の変遷と特徴を考える」
誰でも
水野家族法学を読む(28)「公正な秩序なき財産制」
誰でも
水野家族法学を読む(27)「夫婦の財産関係を考える」
誰でも
水野家族法学を読む(26)「"自分の名前"で生きる権利を考える」
誰でも
水野家族法学を読む(25)「不貞行為の相手方に対する慰謝料請求権②」
誰でも
水野家族法学を読む(24)「不貞行為の相手方に対する慰謝料請求権①」
誰でも
<お知らせ>ニュースレター「水野家族法学を読む」を再開します