民法学の第一人者は、なぜ離婚後共同親権「反対」に転じたのか(5)「構想」
<前回>

今回から、下記の参照文献に基づいてお話しします。
<参照文献>
中田裕康編「家族法改正 婚姻・親子関係を中心に」(有斐閣)
再掲しますが、2003年より始まった民法改正委員会家族法作業部会は、3つの成果をアウトプットしています。
成果①:2006年3月 第1次案公表、座談会の開催
成果②:2009年9月 第2次案公表、ジュリストへ掲載
成果③:2009年10月 私法学会シンポジウムでの報告
今回取り上げるのは成果①です。
1.第1次案の内容
成果①では、後述するように、基本方針、改正提案についての説明があった後、座談会で、水野案についての討論が行われています。
水野先生の報告の要約(上記参照文献P.272~279)と、条文案(同P.311~313)は次の通りです。
【総論・基本方針】
① 親権の概念
・ここまでの議論で、親権概念について、権利か義務かについての議論の対立はなく、その両方の性格を持つという結論にほぼ異論はなかった。
・権利より義務性を強調することが目指されいたので、改正提案では「権利」と「義務」の順序を改めた。
・文言の変更は行わない。親義務、親養護、親慮などの候補があがったが、言葉を変えることに執着はない。親権行使が子どもの福祉に反する場合の実効化こそ重要である。
② 共同親権の原則化
・非嫡出子は母の同意を要件として共同親権となる。また、離婚後は共同親権の方針。
・両方とも親だから親権者になる(理念論)か?
子の福祉のために共同親権にしたほうがいい(功利主義)か?
ここでは功利主義的見地から採用。
「離婚をしたら必ず一方の親権がなくなったり、事実婚夫婦が共同親権行使ができないというほうが、むしろ説明が難しいと思います。」(水野)
③ 国家の介入
・弊害対応のため、親権行使の態様について、裁判所や行政が積極的に介入する仕組みをきちんと整える。
・インフラ不足が「最大の悩みどころ」。
・権利としての親権の性質から考えると、その制限には司法関与が不可欠だという近代法の原理を崩す設計をするわけにもいかない。
【各論】
①共同親権
・親権概念の定義を最初に置き、現行法818条・819条の親権者の定義を作成。
・非嫡出子については、母の同意で共同親権。
非嫡出子の場合、事実婚については共同親権を導入するという決め方も考えられるが、事実婚の定義、事実婚以外のカップルの場合の取扱いが難問となるので、ここでは採用しない。
・連れ子養子の場合は、養子法の改正も含めた対処が必要。
②婚姻中の司法介入と離婚後の司法介入
・共同親権行使全体に対する裁判所の介入権を規定。
離婚後は親権停止制度を創設。
・離婚前の別居状態における親権行使に裁判所の関与を明示的に規定。
・裁判所の介入の仕方として、重要な決定を日常的な事務の決定について、区別した規定を定めることも考えられるが、採用しない。
③面会交流
・親権を制限された後の親の最低限の権利として規定。
・共同親権の場合は、親権行使の態様に含まれる。
・祖父母の面会交流の条文を新設。
④体罰の禁止
・体罰の禁止規定の明文化
⑤親権濫用状態への司法介入
・親権の「失権」制度と親権「委譲」制度を創設。(後掲M-8条参照)
・機能していない検察官を通じた親権制度を廃止。代わりに都道府県知事の請求と職権発動を導入。
⑥親権者の財産管理権・利益相反行為
・特別代理人制度を導入。
【条文案】
M-1条(監護及び教育の権利義務)
親権を行う者は、子の利益のために、子の監護及び教育をする義務を負い、権利を有する。
M-2条(親権者)
1 成年に達しない子は、父母の親権に服する。
2 子が養子であるときは、養親の親権に服する。但し、養親と父母の一方が婚姻中は、夫婦が共同してこれを行う。
3 親権は、父母が共同してこれを行う。但し、父母の一方が親権を行うことができないときは、他の一方が、これを行う。
4 父が認知した子に対する真剣は、父が母の同意を得て戸籍に共同親権行使の届け出をしたときに限り、父母が共同してこれを行う。
5 父母が親権行使の事務について協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所は、父若しくは母の請求又は職権によって、親権行使の態様を定めることができる。
M-3条
1 協議上の離婚をするときは、その協議で、親権行使の態様を定めなければならない。
2 裁判上の離婚の場合には、裁判所は、親権行使の態様を定める。
3 父母が別居しているときは、父若しくは母の請求又は職権によって、家庭裁判所は一方の父母の親権の全部又は一部を停止させ、また停止させた親権を復活させることができる。
4 親権を停止させた父母は、子の利益を害する重大な理由がない限り、子と面会及び交流することができる。
M-4条(祖父母等の面会交流)
祖父母は、子の利益に反しない限り、子と面会及び交流することができる。家庭裁判所は、子の利益に必要な場合には、子の養育にかかわる正当な利益をもつ第三者の請求によって、第三者と子の面会及び交流に必要な措置を命じることができる。
M-5条(体罰の禁止)
子は暴力によらず教育される権利を有する。→(懲戒権削除)
M-6条(利益相反行為)
1 親権を行う父又は母とその子との利益が相反する行為については、親権を行う者は、その行為の許可を家庭裁判所に請求しなければならない。
2 親権を行う者が数人の子に対して親権を行う場合において、その一人と他の子との利益が相反する行為については、親権を行う者は、その行為の許可を家庭裁判所に請求しなければならない。
3 家庭裁判所は、当該利益相反行為が子の不利益になる場合には、その行為を許可しない。
4 家庭裁判所の許可を得ずになされた利益相反行為は、無効とする。
M-7条(相続財産の管理)
親権を行う父母は、自己の管理下にある、子が死亡を原因として取得した財産を処分するにあたって、家庭裁判所にあらかじめ許可を得なければならない。
M-8条(親権の失権及び委譲)
父又は母が、親権を濫用し、子を放置することによって、子の身体的、精神的健康を危うくしたときは、家庭裁判所は、子又は子の養育にかかわる正当な利益をもつ者からの請求若しくは都道府県知事からの請求又は職権によって、その親権の全部若しくは一部を失権させ、又は子を養育する者若しくは都道府県知事に委譲することができる。
【注記】
条文案については、上記参照文献P.311~313と記載の仕方を変更しています。これは、上記参照文献が正式な法制執務のルールに則った記載をしているものの、法律の素養のない一般の方には読みづらく(各条の第1項の項番号が欠けているように見える等)、当ニュースレターの編集機能上も見づらくなるためです。
なお、規定の文言等は忠実に引用しています。
2.私見
こうしてみると、水野先生の離婚後共同親権導入案(以下、たんに「水野案」という。)は、いくつか他の学者が発表した離婚後共同親権導入案とは異なる特徴がみられます。私見ながら、いくつかその特徴を指摘したいと思います。
※他の学者の離婚後共同親権導入案の概要は、このnote記事にまとめてあります。
①家族法全体の改革の中の一環としての位置づけ
水野案は、他の先生方の案がどちらかというと、離婚後の子の養育の問題の解決にフォーカスした導入提案であるのに対し、水野案は、家族法全体の改革の中で位置づけられていることが特徴です。他の先生方の案が、導入案をストレートに論じられているのに対し、水野案は、あくまで「親権法改正案」なのです。
これは、水野案が作成された経緯が、これまでの連載でお話ししたように、民法改正委員会の中の一作業部会としてのミッションであった、ということと強く関連します。
そして、そのことは、水野先生には幸いしました。これまでの連載で述べてきたように、水野先生は、離婚法制全体の改革を指向し、その中で、子の奪い合い紛争の解決策として、離婚度共同親権の導入に意義を見出していたからです。
ただ、その位置づけが理論的にも法技術的にも成功していたかどうかは、後の連載で改めて検討したいと思います。
②親権の法的機能の改善
①と関連しますが、こうしたコンセプトから、離婚後共同親権を導入する・しないをストレートに議論はされていません。
前掲条文案で示した通り、非嫡出子のケースや、養子のケース、祖父母の面会交流のケース等、親権を必要とする様々な家族形態を想定し、適切な親権行使が可能となるよう、全体的なバランスを検討しています。
離婚のケースはその一場面に過ぎません。
③親権の範囲を適切に限定
具体的には、懲戒権の削除や、利益相反行為や財産管理権の制限等、親権の権利性を制約し、子の福祉のため適切に行使すべき義務であることが明確となるように、条文上の工夫がされています。
④親権行使を司法の監督下に置く
私は、水野案の一番キモになる条文は、M-2条5項「父母が親権行使の事務について協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所は、父若しくは母の請求又は職権によって、親権行使の態様を定めることができる。」だと思っています。
多くの離婚後共同親権導入論と、完全に一線を画している部分です。
要するに、親権者を事実上信頼していない。
親権の適切な行使は、司法介入で担保する、という発想なのです。
そしてそれは、多くの欧州法に通底する考え方でもあります。
そのため、M-8条では、簡易迅速な親権制限を積極的に可能にする条文が創設されています。
3.もっとも"現実的な"改正案に見えたが。。。
このように、①~④の特徴を整理し、必要最小限の条文改正の方向性などからすると、これまでの離婚後共同親権導入案の中で、最も現行法にフィットしやすく、現実的な改正提案であるように見えました。
ところが、水野案の検討に移ると、一線の研究者たちから、次々と厳しい批判にさらされたのです。
<次回>

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